綾野史佳

2014年10月 8日 (水)

【ただいま、おかえり】~最終回

★第91話はコチラ

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えーっと、ここでいいですか? もう書いちゃっていいんですかね? アタシが書くんですよね……って、そんなの当然ですよね。だってアタシしかいないんだもんね。ちゃんと本当のことをお話しできる“にんげん”って、アタシ、綾野史佳だけ。

こーなることは初めから分かっていたハズなのに、すっごい回りくどい書き方をしたもんだから、読んでる人たちを混乱させちゃった原因は……アタシとか、柊木先生とか、あとは……誰だっけ? 

あ、そうだ……睦月沙絵。あとは、赤星美緒、とかとか。

色んなヒトが、この物語のなかで、ごちゃごちゃ絡み合ってるもんだから、だから、過去とか未来とか現実とか虚構とか二次元と三次元とか、熟した柿を踏みつけてグチャってなったみたいに、食べようにも食べられず、秋の風味を楽しもうにも楽しめず、アッ! という間に冬になっちゃった、っていうか。とにかく壊しちゃいたいのよ、この世界。柊木董馬が作った、この世界。いらないいらないなーんにもいらなーーーーい。

 

 

閑話休題。てへっ。(綾野史佳 風)

 

 

 

 

 

どうして、アタシだけが語る権利があるのかというとね。それはね。アタシ以外のひとが、みーんな、この世に存在しないから。

え? どうしてって? 

だって、これ柊木先生が作ったセカイだからだよ。

あ、ちょっと待って。いっこだけミステイクが。

 

 

先生のね、奥さんはね、沙絵っていうの。睦月沙絵。うん。睦月は旧姓ね。

じゃあ、今まで、この物語に登場していた睦月沙絵は、何者なのかって?

あの沙絵はいないんだよ。ぜんぶ作り物。いないひと。いないいないバー。ベロベロ。

先生は、亡くなった奥さんのことが忘れられずに、勝手に自分が書いた小説に、奥さんを生きていると仮定して、登場させていたの。

それで、勝手にアタシらなんかと共演したお話をでっち上げ、それを読んで、一人でニコニコしてた、ってワケ。キモイしょ? あ、ちがうか(笑)

どうして奥さんが亡くなったのかは、聞いたことがないし、これからも聞くつもりはないよ。だから、真相は分からずにアタシの人生は終末を告げる。アーメン万歳。

奥さんの遺灰が入っている、って言い張ってる骨壺の中身はね、ただの砂。本当に、リアル砂。サンド。江ノ島、湘南のビーチから拝借した砂。サンド。固形物は貝殻。骨じゃない。奥さんじゃない。

あー! 騙された! ちっくしょー!

 

 

 

アタシにはね、最初から分かっていたんだ。

アタシはね、先生の書く小説のファンだったから。

先生が、ペンネームで小説を書いていたのは知っていて、アタシはその小説を、先生が書いたものだとは知らないフリして読んでいた。だって好きだったから。先生の小説。

先生と初めて会ったあと、少し親しくなって、それからすぐあとに、先生の小説のなかに、ワタシと同姓同名の女の子が登場するようになった。

よく読むと、年齢も容姿も、アタシにそっくり。超ビックリ。だね。うん。ビックリ。

先生は、まさかアタシが先生の書いた小説を読んでいるとは思わなかっただろうから安心していたんだと思う。だから、ほぼ個人情報の垂れ流し的なレベルでアタシのことを書いていたんだよ(笑) みんなも読んだよね? あれは正真正銘のアタシ。綾野史佳。

 

 

じゃあ、ここいらでオサライしてみよう。(親切なアタシ)

 

まず、この子。
睦月沙絵ちゃん。
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先生の奥さんだったひと。(故人)
物語のなかでは、先生に恋する女の子。実家は、大手の不動産屋。お嬢様だったみたい。生前は、介護福祉士をしていたみたい。もうとっくにお墓のなかにいて、今は安らかな眠りについています。
先生は、沙絵ちゃんのこと大好きだった。だから、せめて小説のなかだけでも、奥さんを生きたままの姿で登場させたかったんだと思うよ。切ないね。

 

 

じゃあ、次のひと。
赤星美緒ちゃん。
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大学生。異常な性癖な女の子。昔はエンコーみたいなことやってた。
美緒はいないよ。存在しない。
アタシはね……この子は柊木先生のいわゆる「負」の部分を描きたくて、それで造形された人物だと思う。モデルになった子がいるかもしれないけど、アタシには分からない。でも、もし実在したら、アタシは仲の良いお友だちになれたんじゃないかな、と思う。そう思うと、切ないね。やっぱ。

 

 

最後に、綾野史佳ちゃん。
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アタシ!

アタシは、今、これ書いてるひと!

だからいるよー! 生きてるよー! 実在するよー! 声を大にして言うよー! わーわーわーわー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****************

 

董馬は、書きかけの原稿を仕上げようと、いつも通りにパソコンを起動させた。ワードを開き、文字の羅列が表示されるのを待った。

そして、上記の文章を見つけ、驚いた。
いつのまに書き加えたのだろうか。合い鍵を持たせたのをいいことに、董馬の書斎に侵入し、やりたい放題やっている。

すべて消去しようかな、と董馬は考えた。
しかし、念のため、一行目から読んでみたら、消す気は失せた。

すばらしい文章だった。
そして、面白い、と思った。

そうなのだ。

これがすべてなのだ。

これが現実なのだ。

 

董馬は、ゆっくりとキーボードを叩き始めた。

集中していると、右頬にひりひりとした痛みを感じた。

今朝、なかなか目覚めない董馬の頬を、アイツは思いきり、つねった。

もっと優しい起こし方はなかったのだろうか。それともわざとだろうか。

 

 

まぁいいか、と思う。

 

 

こういう愛され方も楽しい、と思う。

 

 

そのとき、玄関のドアが勢いよく開く音がした。

ただいまー、という声が聞こえる。

「おかえり」董馬は言う。

 

 

書斎に入ってきた。見ると、愉快そうな顔をしている。次の瞬間、「あ、見つかったか」と言い、悔しそうな表情をして、

 

綾野史佳風に書いてみた。えへ

 

と言って、逃げるように書斎から出て行った。

 

董馬は、自分で自分の頬をつねってみた。痛かった。パソコンに向き直ると、コーヒーをひとくち飲み、ふたたび小説を書き始めた。デジタル時計は【2014/10/8 22:30】を表示していた。
 

現実は止まらずに動いている。董馬は、楽しそうに微笑んだ。

 

(ひりひりする恋:完)

2014年5月27日 (火)

第83話:【史佳と沙絵】~その3

★第82話はコチラ

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横断歩道を渡り終わったところで、董馬は握っていた手を放した。それはごくごく自然な動作だった。あまりにも自然すぎて、史佳は董馬が手を放してすぐは、隣に当然のようにいる董馬の存在を気にもしなかったくらいだ。
そして、思い出した途端に、急に恥ずかしくなった。赤面しているのが分かった。こんな真っ昼間から、男の人と手を繋いで歩いた(正確には走った)ことなんて、今までなかった。手のひらに董馬の体温が残っていた。親指を手のひらの表面に滑らせてみる。すると、少しだけ湿った感触があった。董馬の汗だと、史佳は思った。
「どうしたの?」
董馬が聞く。
「え」と史佳。
「気分でも悪い? あぁ…すごい汗だ。走っちゃったもんね、ごめん」
そう言って、董馬は肩に背負っていたリュックサックを下ろすと、ジッパーを開けて、中から真っ白なスポーツタオルを取りだした。そして、「どら」と言いながら、史佳の額を、タオルで拭いた。
史佳は、いきなり董馬が自分のおでこに、タオルをポンポンとあてがってきたので、「うぁ!」と、反射的に声をあげた。
「なになに!」
「いや…汗が出てたから、拭いただけ」
「じ…自分で拭く!」
史佳は、まるで噛みつかんばかりの勢いで言った。きっと今、すごい剣幕をしているにちがいないと思った。そう思うことで、また赤面するくらい恥ずかしい気持ちが沸き上がってくる。もはや赤面の堂々巡り。富士登山でいうならば、お鉢巡り。恥辱も巡り巡れば、何か御利益があるのだろうか? あるわけないか。

それから、史佳は董馬と他愛のない話をしながら、沼津駅までの道のりを歩いた。駅に着くと、董馬は、すぐに自動販売機で、史佳に冷たいジュースを買ってくれた。史佳は「ありがとう」と言った。董馬は「おかわりするならしていいよ」と言った。史佳は笑った。董馬も微笑み返した。
董馬は、駅のトイレに行った。着替えるためだった。
史佳は、ジュースを飲みながら、駅の構内や駅前のロータリーを眺めた。相変わらず陽がさんさんと射していて、街全体が暑気に犯されているようだった。停車中のタクシーの屋根からは、陽炎がゆらゆらと立ち上っている。時刻表を貼り付けた、大きな柱があった。史佳は、その柱にもたれた。汗はだいぶ引いていた。董馬に奢ってもらったジュースは予想以上に冷えていて、飲んだ途端に身体の中に溜まっていた熱気を徐々に体外へ放出してくれたように思えた。史佳は、ホッとした気持ちになった。

史佳は、周囲をぐるりと見回した。改札へ向かって歩いてくる人の中に、自分の知り合いは見つけられなかった。そして、改札を出て、外へと向かって歩く人の中にも、知り合いを見つけられなかった。同じ学校の制服を着た男女や、よその学校の制服を纏った学生もいた。それらの中にも、やはり史佳の知り合いはいなかった。

なんだ。意外とアタシのこと知ってるヤツって見つからないんだ。こんなにたくさん歩いてるくせに。

これから何人の人間が、自分…「綾野史佳」のことを理解してくれる存在になるのだろう。
両親。
クラスメート。
今はいないけど、恋人。
結婚相手。
友だち。
愛実。
沙絵先輩。
柊木先生。
そして…兄。

史佳は、兄のことを思い出した。兄は死んだ。夜が明ける直前に、歩道橋から垂らした縄で、首をくくって死んでいた。自殺。まさかの自殺。アタシは家族なのに、兄のすぐ近くに、目に見える範囲に存在していたはずなのに、アタシは兄のことを守れなかった。胸がキリキリと痛む。
ふと、正面の壁を見た。広告やポスターを貼る掲示板があった。献血を呼びかけるポスター。駅のマナー改善を提唱したポスター。その横に、周囲の景色とは一風変わった、派手なポスターがあった。

それは、地元の納涼祭を知らせるポスターだった。花火が拡がった夜空の写真。花火大会。期日を見た。来週の土日に開催される。
そのとき、董馬が目の端に映った。
史佳は「あッ」と叫んだ。
生前の兄の姿と、董馬の姿が重なった。
董馬は言った。
「なに? 花火大会?」
「花火見たい」
史佳は、董馬の腕を掴んだ。そして言った。
「来週、花火を見に行く。ハイ、決定」
董馬は笑った。が、史佳は笑わなかった。

 

(第84話へ続く)

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2014年5月17日 (土)

第82話:【史佳と沙絵】~その2

★第81話はコチラ

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「もう学校終わったの? あれ? てかもう夏休みだよね?」
董馬は、額を流れる汗を拭いながら史佳に尋ねてきた。史佳は「うん。まぁ。はい」と幾分どもりながら答えた。
「ひょっとして今から学校に行くところだったとか?」
「ちがいます」史佳は言いながら首を横に振った。
「柊木先生は、こんなところで何してるんですか?」
「ぼく?」と言った董馬は、地面に滴り落ちるほどの大汗をかいている。額は雨に打たれたようにびしょ濡れだった。もちろん雨は降っていない。史佳の目の前のアスファルトは、陽光をたっぷりと浴びて、ゆらゆらと陽炎をくゆらせている。向こうの通りの歩道の縁石や、ガードレールが歪んで見える。
「走ってるんだよ」
「走ってる?」史佳は首をかしげた。
「そう」董馬はうなずく。「ランニング中さ。御殿場をスタートして沼津をゴールにしているんだ」
「え!」
史佳は、驚きのあまり後ろに仰け反った。端から見たら、まるでイナバウアーだ。しかも、「え!」と発声したあとに、呆然としてしまい、しばらく口をポカンと開けたままだった。まるで喜劇の舞台を思わせる大げさな身体的表現だった。舞台上でやれば優秀なしぐさかもしれないが、日常で口をだらしなく開けている姿は、どうみてもアホッっぽい。
「それ…マジですか?」
史佳がおそるおそる尋ねると、董馬は、「え? マジだよ」と即答した。顔つきは至って真剣だった。
「ウッソ! だって…御殿場から沼津って…めちゃ遠くないですか? てか、遠いって!」
史佳が腹話術劇のラストシーンのように詰め寄ると、董馬は、
「そんなに遠くないよ。せいぜい30キロくらい」
と、ケロリとした、何でもないような平然とした表情で、そう言った。
「さ…さんじゅう…って遠いよっ!」
「そうかなぁ」董馬は頬をポリポリと掻きながら、史佳を見下ろしている。
 

30と聞いた途端に、史佳は中学三年のときに遠足の名目で走らされたマラソン大会のことを思い出した。一応、大会名は『強歩大会』という、別に歩いてもいいんだよ、ただし、ちゃんと規定時間までにゴールしてね、みたいなニュアンスだったと思うが、そのコースの全長が10キロだった。史佳は、行程のほとんどを歩いてゴールした。それでも、途中で何度か棄権しようと思ったくらいだ。10キロという距離は、史佳から見たら、走ったり、歩いたりするレベルの数値ではない、機械力を使うべきものだ、とインプットされていた。
だから、董馬が、さも常識的な物言いで「30キロ」と言い放ったことに、驚愕を覚え、ついでに、ちょっとした劣等感が芽生えたのだ。

「まぁ、帰りは電車に乗って帰るんだけどね」
「あ、そうなんだ!」
「そう」と言って、董馬は苦笑いをした。
「さすがに往復で60キロを走るのは、僕でも無理だから、ほら、着替えを持って来てるから、駅で着替えて、それから電車に乗って、御殿場まで帰るんだ」
董馬は、背負っていたリュックサックを史佳に見えるように、くるりと上半身をひねってみせた。
史佳は、正直ホッとしていた。もし、往路だけでなく、復路までも董馬が走るとしたら、もはやそこらへんの一般人ではなく、走ることが日常になっているプロみたいなものだ。あまり自分にできないことばかりを、飄々とこなしている場面に遭遇したら、とてもじゃないが、自尊心が傷付いて嫌になる。

そんな史佳の心中を、まったく意に介していない様子の董馬は、またもや新種の生命体を発見をした生物学者のようなイントネーションで、
「あれ?」
と言った。今度は、董馬が首をかしげていた。
「何ですか?」
「なんか、史佳ちゃん、キツそうだね。体調でも悪いの?」
董馬が、中腰になって史佳の顔を覗き込んだ。少し距離が縮まる。史佳と董馬の身長差は20センチ近くあった。

史佳は、「重くて」と言って信号を見た。歩行者用の信号機は青に変わっていた。渡るなら今だ、と思ったが、相変わらず片腕の自由を奪っている、この膨れあがった通学鞄が歩行することを躊躇させる。
「それ重そうだね」
と言って、董馬は史佳が地面に落とすか落とさないか、スレスレのところで吊り下げている鞄を指さした。董馬の指摘に、史佳は「ちょっとだけ」と言い、へへへと苦笑いした。チョー恥ずかしい。史佳は思う。
「持って帰るんでしょ? それ」
董馬の問いかけに、史佳は「えぇと…」と言葉を濁す。まさか今から捨てようと思っていたなんて言えない。いや、言ってもいいけど、なんか悔しい。負けたみたいで。何だよ! そんな捨て犬を見るような目でアタシを見るな! 子ども扱いしたら怒るからな!

史佳が、口の中で言葉を噛み砕きながら、なにかを咀嚼するようにモグモグとしていた。すると董馬が、史佳の手から通学鞄を、サッと抵抗する間もなく奪い取った。史佳は、あッ! と叫んだ。
「僕が持つよ」董馬が言う。
「え…い、いいですよ!」
「代わりに史佳ちゃんは、これを持って」
そう言って、董馬は自らの背中からリュックサックを滑り落として、がら空きになった史佳の指先に握らせた。
「交換しよう。そっちの方がちょっと軽い」
「え…」
たしかに、軽かった。でも…と史佳は思う。そんなことじゃなくて…
「これもトレーニングなんだ。だから僕が重い方を持つ。自分のためにね」
「自分の…ため」
「そう」董馬はうなずく。

史佳が戸惑っていると、
董馬が「よし! 商談成立! じゃあ行こう!」と言って、史佳の手を取った。

走れ! 史佳!

史佳は董馬に手を引かれながら、横断歩道を渡る。
通学鞄を持った董馬に、リュックサックを持った史佳。
史佳は、横断歩道上を駆け抜けながら、楽しい気持ちが込み上げてきていた。そして、もっと横断歩道が長ければいいのに、と思い、董馬の手を強く握った。

 

(第83話へ続く)

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2014年4月19日 (土)

第81話:【史佳と沙絵】~その1

★第80話はコチラ

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夏になっていた。史佳は高校に進学して、さいしょの夏休みを迎える。とは言っても、夏休みをどのように過ごすか、なんて通俗的な悩みが浮かぶわけでもない。中学生で過ごした夏休みと、なんら変化はなかった。当たり前のように夏休み用の課題が出され、部活動をし、ときどきに補習を受け、長い盛夏の一ヶ月を送る。

夏休みに突入する直前に、愛実が吹奏楽部に入部した。愛実は、中学の頃にも吹奏楽部に入部していた。高校に進学したら吹奏楽はもうやらない、と愛実は宣言していた。でも、やはり心の中ではやりたかったらしい。史佳は、愛実に「がんばってね」と声をかけた。

愛実が部活動を始めたことで、史佳は愛実と一緒に登下校をすることがなくなった。愛実の入部した吹奏楽部は、朝練もこなす練習熱心な部だった。史佳は、愛実の代わりに誰かと仲良くなる、などということは意識的に避けていた。

史佳は、自分の偏屈で、奇抜な性格を忌み嫌うようになっていた。自身を嫌悪する気持ちは、自然と周囲の者と気安く打ち解けることをも拒絶するようになった。せっかく仲良くなった友人たちと一緒にいるときに、もし自分の激烈な性癖が出現したら…と思うと、史佳はゾッとした。考えただけでも恐ろしい。

史佳にとって、愛実は小学校、中学校といつも親身に関わってきた、親友と呼べる唯一の人間だった。史佳は、愛実の前では自分のことをさらけ出すことができた。そして、愛実も史佳の性格を熟知していたので、うまくフォローし、またはフォローされ、友情を育むことができていた。

一学期の終了式の日に、机の中に押し込んでいた教科書やノートやらを、通学鞄に押し込んで、学校をあとにした。パンパンに膨れあがった学校指定の紺色の通学鞄は、手がしびれるほど重く、乱雑に詰め込んだことが原因なのか、教科書の角張った部分が、鞄の表面を突き破りそうな勢いだった。
鞄の重さからくる疲労と、地面を焦がすほどの陽光が身体を直接照りつけていることで、史佳は帰路につくための駅までの道のりで、完全にバテていた。横断歩道の直前で、信号が変わるのを待っているあいだにも、陽は容赦なく照りつけ、史佳の皮膚を焼き、体内の水分を奪った。鞄をアスファルトに置いた。ゆっくりと置くつもりが、地面すれすれで脱力してしまい、投げ捨てたようになった。ザクッという穴を掘るような鈍い音がして、鞄は落下した。

史佳は、思った。
邪魔だ。この鞄、邪魔。てか中身いらね。

こんな重い荷物を持って帰って、それで夏休みが終わったら、また学校に持って行くことを考えるとうんざりした気持ちになった。教師たちは、夏休み中に講習や、試験会場などで教室を部外者が使用することがあるから、私物はすべて持って帰るように言っていた。教師は「物がなくなった云々の紛失騒ぎを未然に防止するため」という講釈は垂れたけど、「ぜんぶ持って帰るのは、きっと重くて大変ですよ」などという予知はほのめかしもしなかった。バカヤロウ。さいしょに言いやがれ。

史佳は、歩行者用信号機の横で点灯している、信号が変わるまでの残り時間を示したランプを見つめたまま、今から学校に戻って、こっそり教室に鞄の中身を置いて行こうかと考えた。でも、今からまたUターンして学校まで戻るのは、それなりの汗をかいて、逆にイライラするのかもしれない。
部活動をやっている生徒は、きっと自分たちの部室に隠しておくんだろうな、と史佳は思い、チッと舌打ちをした。愛実は吹奏楽部の部室を有効に使っているんだろうな。アタシも置かせてもらおうかな。帰宅部だけど。帰宅部ナメんな。いや、別にナメてないか。くそっ。

もう捨てちゃおうか。向かいにあるツタヤのゴミ箱に。

「あれ?」
声がした。
「史佳ちゃん…だよね」
史佳は声がした方を振り向いた。
「あぁ、やっぱり…こんにちは」
声をかけてきたのは、董馬だった。董馬は白いTシャツと、ショートパンツを着ていた。シャツの胸元は汗でびっしょりと濡れていた。顔と前腕だけが不自然に日に焼けている。ハァハァと荒い呼吸をしていた。
「あれれ?」
董馬は、史佳の顔を覗き込んだ。そして言った。
「なんか怖い顔してるなぁ。そんなに睨まなくても…なんかあったの?」
史佳は、心の中を見透かされた気になって、途端に恥ずかしくなった。

 

(第82話へ続く)

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2013年10月 6日 (日)

第60話:【史佳】~その20

★第59話はコチラ

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史佳が帰宅すると、ちょうど母親が出勤前の入念なメイクをしているところだった。史佳は、鏡台の前に座ってパフを顔面に連打している母親を一瞥し「ただいま」と言い、返事を待たずに脱衣所に向かった。その背中を追いかけるように母親の「おかえりー」という声が聞こえた。炭酸の抜けた生ぬるいコーラのような張りのない声だった。きっと鏡の中に向かって挨拶をしたんだろう、史佳はいつものことだなぁと思う。

脱衣所で片足立ちをして靴下を脱ぎ、大口を開けているドラム型洗濯機の中に放り込んだ。ワンピース頭から抜き取ると、ふわと香りが舞った。自分の身体から放たれた微香だった。意外といい匂いを放っているんじゃないかと、ひそかな自慢。

ワンピースは別に洗った方がいいんじゃないか、とも考えたが、どうせ洗濯作業をするのは自分なので、また後で考えればいいやと思った。今はとにかく身軽になりたかった。
史佳の身体は、キャミソールと下着を纏っただけになった。史佳は洗面台に備え付けられた鏡の前に立った。鏡に映る自分を見る。正面に存在する少女は、私が笑えば同じように笑い、困り顔をすれば困り顔をする。髪をくしゃくしゃとかき混ぜれば、かき混ぜる。同じだった。
肌は白かった。くびれもある。足はそんなに太くない。まだ身長は伸びるのだろうか、史佳は爪先立ちになり背伸びをしてみる。同時に鏡に映った少女も背伸びをする。キャミソールの裾を掴んで一気に剥ぎ取った。上半身はブラだけになった。みぞおちの辺りから指先を上へ這わせた。いくつかのくぼみがあった。あばら骨。これは未完成の身体なのか、それともこれがアタシなのか。

「何してるの?」
急に声をかけられて、史佳はビクッと身体を震わせた。振り向くと母親が立っていた。
「何でもない」
「ママ、髪の毛セットしないといけないから」
母親の髪は濡れていた。
「そう」
史佳は、何か言いたげな母親の脇をすり抜け、ほぼ裸体のままキッチンを通り、自室のドアを開けた。途端にまぶしい陽光が射し込んできた。部屋の中は西日であふれていた。塵とも埃とも区別がつかぬ粒子がきらきらと光って、ぬめりのある暑気に包まれていた。

史佳は、窓に近付いた。マンションの四階から眺望できる景色が眼前に拡がっている。黒みを帯びた富士山が微かに見えた。史佳はカーテンを閉めて、そのままベッドへうつ伏せに倒れ込んだ。枕の柔らかみに鼻先が触れる。よい匂いがした。これもアタシの匂いだ。

「ふみちゃん、夜ごはん置いてるから」
部屋の外から聞こえてくる母親の声に、史佳はうん、と答える。母親の気配は近くに感じない。
「明日、パパ帰って来るってさ」
そう、と史佳。

「ふみちゃん」
「ん」
「明日、行くよね?」
史佳は答えない。
「ママも今夜は早く帰って来るつもりだから。明日は午前中には出発するわよ」
母親の勤めるスナックの閉店時間は、午前1時。でも最近は、ずっと朝帰りに近い時間で帰宅してくることが多くなっていた。

外にオトコでもできたのだろうか、まぁどっちでもいい、勝手にすれば。オトナたち。
史佳は唇を噛みしめる。空腹を感じた。沙絵先輩にメールを送らないといけない。デニーズから家まで送ってくれたお礼を。

「久しぶりに親子四人が揃うわね…」
史佳は無視をした。
母親の「行ってきます」が聞こえたと同時に、玄関のドアがガチャリと閉まる音が響いた。続いて静寂が訪れた。

史佳は、仰向けに寝返りをうち、目を閉じた。暗闇の中に浮かぶのは、の顔だった。納棺された兄はたくさんの花に包まれていた。赤い花が兄の顔を縁取っていた。
兄が眠っている霊園に行くことだけが、今の綾野家唯一のつながりだった。

兄の顔が歪んだ。史佳は身体を丸めた。何かに包んでもらいたかった。
壊すものはもう何も残っていなかった。
繋がっているものは何も残っていなかった。
家族も壊れて、自分も壊れそうだった。

アタシに壊せるものは、もう何も残っていない。
アタシには、もう何も残っていない。

泥濘した感情の沼を史佳は懸命に泳いだ。沈殿する身体を浮上させるために手足をばたつかせた。しかし、もがけばもがくほど沼に引きずり込まれてゆく。沼のほとりに花が咲いていた。赤い花だった。

その花の隙間から、手が伸びてきた。大きな手だった。男の手だった。史佳は伸びてきた手を握った。強い力で手を引かれた。その手によって史佳の身体は沼から引き上げられた。
沼から上がっても、史佳はその手を離さなかった。離したくなかった。この手しかない、と思った。アタシにはこの手しかないと思った。涙がこぼれた。握りしめた手の上に落涙した。

もう大丈夫だよ

優しい声だった。寂しい声だった。
「柊木先生…」
董馬は微笑み、そっと史佳を抱きしめた。

 

 

綾野史佳。15歳。はじめてのだった。

 

(第61話へ続く)

 

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2013年10月 3日 (木)

第59話:【史佳】~その19

★第58話はコチラ

「電話?」
「え?」
「今。動きが止まっているから」
「あぁ、えっとメールがナイスタイミングで」
董馬はハハハと声を出した。不器用な笑いだった。苦笑しながらケータイの画面に指を滑らせていた。その表情にふっと暗いものが射し込んだように史佳には見えた。
「先生、はやく撮ってください」
沙絵が董馬を急かす。沙絵と史佳は、さっきからケーキの前で小さなフォークを握りしめたまま、空いてる方の手でピースサインをつくり、柔和な笑顔を浮かべていた。
「せんせー、おっそーい」
史佳は戯ける。
「タメ口なんだ! 史佳ちゃんって!」沙絵が息を飲む。
「そういえば…うん。そうだね。あ! ヤバい! 本当だ!」
いつの間にか、董馬に対する言葉遣いが敬語ではなく、タメ口をきいていることに史佳は今さらながらに気付いた。途端におかしくなった。隣で沙絵が「へー」「ほー」と鳥の鳴き声を真似たような声をあげて、しきりに感心をしていた。その様子を見て史佳は、自分でも気付かぬうちに友達感覚で董馬と向き合っている自分がいたことに素直に驚き、また沙絵が、董馬に対しては他人行儀な言動で接していることを再認識した。その差異が妙に楽しかった。心が弾んだ。考えてみれば何でもないことなのに、沙絵が知らない世界をずんずんと歩いているような気になった。

「じゃあ、今度から私もタメ口にしようかな」
そう言った沙絵の横顔から嫉妬じみた相貌が現れたのを、史佳は見逃さなかった。そして単純で純粋な沙絵の行動が、とても可愛く思えた。

沙絵は、自分は董馬とは付き合っていない、つまり恋人同士ではないと主張していた。だけど史佳は、その話を聞いたときに、それはそうかもしれないけど、あくまで体裁の話、形だけの括りではないかと推理していた。
ただの師弟関係、昔の教師と教え子の関係だけで、ここまで親密にいられるものだろうか。もし自分だったらどうだろう。たとえば中学のときに担任だった教師と、休みのたびに会ったり、一緒に東京までボランティア活動に出掛けたりするだろうか。もしその教師が、自分にとって恋愛の対象ならば可能性としてはあるかもしれないが。

沙絵は、董馬の、いや柊木先生のことが好き。きっと好き。いや絶対に好きだ。断定できる、と史佳は思った。
じゃあ、付き合っちゃえばいいのに。どうして二人は付き合わないんだろう。

ひょっとして董馬が、沙絵のことを恋愛対象として見ていないのではないか。だとしたら、沙絵は独りよがりの片想いを続けていることになる。それって沙絵は承知しているのかな、と史佳はケーキを美味しそうに頬張る沙絵の横顔を見て、ひとり思案した。

史佳は、ケーキを食べながら、時折沙絵が話す内容に適当に「へぇ」とか「ほぉ」などと相槌を打った。大好きなショートケーキだったが、味はほとんど分からなかった。
董馬は、もたついた手つきで写真を一枚撮ると、あとは無関心といった様子で所在なげに視線を漂わせていた。ケータイはすでに董馬の傍らに置いてあるバッグの中に仕舞い込まれていた。

「あ…」
史佳は叫んだ。拍子に指先で挟んでいたフォークがつるりと滑った。テーブルとケーキが盛られている皿の境目に落下した。激しい音が鳴った。

 

 

 

分かった!! そのバッグの中…奥さんがいるからだ!

店内の視線が一気に董馬たちのテーブルに注がれた。店内にいる者のすべてが、時間が止まったように微動だにせずに、テーブルを叩いて立ち上がっている女子高生・綾野史佳を注視していた。

史佳は興奮し息を荒げた。
沙絵が何かをしゃべりかけているが、まったく耳に入ってこなかった。
見下ろした先に、董馬がいた。
董馬は無表情だった。
董馬の手はバッグの上に置かれていた。何か大事なものを守ろうしているかのように、力が満ちあふれている手だった。そして淋しい手だった。

 

(第60話へ続く)

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2013年9月30日 (月)

第58話:【史佳】~その18

★第57話はコチラ

史佳の視界に映った沙絵の顔は、魂が抜けたように極めて無気力なシロモノだった。いつぞやの家族旅行で行った蝋人形のミュージアムで見た記憶があるなぁと、史佳は思った。艶があり気品にあふれ、遠目から見ると人体そのものだが、近付き、肌や髪の細部をまじまじと眺めれば、やはりこれは人ではないとあらためて思ってしまう。外見は人を模倣しても、血肉の温かみが蝋人形からは感じられない。血が通っていることで得られる肌の弾力も、意思のある目力もそこにはなく、あるのは血肉の通った人間が作り上げた芸術品としての人、造物、鑞人形だけだった。

董馬が「わ!」と叫び、あわてて史佳の上半身を抱き起こした。抱き起こすと言うよりも、厄介者を突き放すように、史佳の身体を遠ざけていた。
「柊木先生…」
沙絵は、無表情のままソファーに座る董馬を見下ろした。沙絵は眼鏡をかけていなかった。仕事帰りにそのままデニーズに来たので、ラフな格好だった。
「惑わされてますよ」
「へ?」
「史佳ちゃんに惑わされてますよ」
そう言って、沙絵はおかしそうに笑った。邪気のない笑みだった。沙絵は、そのまま董馬の正面に座った。そしてテーブルを挟んで、横並びに座っている董馬と史佳を交互に見つめた。
「あ、沙絵先輩。注文…」
「うん。あ、じゃあデザート食べようかな」
「きゃ! 本当ですか? じゃあアタシも食べます。ケーキにしません? もちろん柊木先生の奢りで」
「わお! それ最高! ビューティフルアイデア!」
「ビューティフル?」董馬が聞き返す。
「そうです。美しい発案」沙絵が、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「僕がふたりにケーキを奢るのが、美しいの?」
「そうですよ。ねぇ史佳ちゃん?」
沙絵が、同意を求めるように史佳に向かって小首をかしげる。史佳は「いやん」と身をよじる。ふたりで爆笑した。

そもそも史佳に勉強を教えてあげるようと言い出したのは、沙絵自身だった。前回の中間テストの結果が散々だったという話を史佳から聞いた沙絵が、
「あ! いい家庭教師がいるよ。タダで勉強教えてくれる人が!」
と、史佳に提言し、今回の勉強の場を設けた。
沙絵の日勤が終わるまで、董馬と史佳はデニーズで勉強をし、仕事終わりの沙絵が合流した地点で、食事をして解散しよう、という話になっていた。

「そうと決まったら、べんきょーは終わり。せんせーありがとうございました」
史佳は、ペコリと頭を下げた。董馬が咄嗟に「あ、いえいえ」と返事をすると、史佳は今日初めて見せる満面の笑顔のまま、手元に拡がっているノートや参考書をパタパタと閉じた。用済みといった感じだ。
「どう? ちゃんと勉強できたの?」
「もうバッチリですよ」
史佳が、ドヤドヤと、いきり立った表情をして、親指を突き上げた。
董馬は内心「うそつけ」と毒づき、苦笑した。勉強どころか、一方的に史佳が話してばかりで、予定していた学習内容はほとんどいってよいほど手をつけていなかった。

「やれやれ。誰かさんと一緒だ」
「ん?」
「何ですか?」
「いや、何でもない」
董馬は、柔らかい笑みを浮かべて史佳と沙絵を見つめた。そっくりだなぁと思った。沙絵が今の史佳と同じ年齢、15歳のときと同じように思えた。お茶目で愛嬌があり、ちょっとだけ背伸びしようとしていて、自分に自信がなくて、わがままで周囲を巻き込んで、関わる人をなぜか楽しい気分にさせる。ふたりは瓜二つだった。

そう考えると、董馬は、さっき史佳の心持ちを軽くしてやろうと、真面目に史佳の長所などを語ったのが、急に恥ずかしく思えた。結局は、魔性の子・綾野史佳の軽やかな術中にはまったわけだ。完全におちょくられていたのだが、それでも悪い気はしなかった。若さの強みだなぁと董馬は思った。

 

史佳と沙絵は、注文したケーキを一目見て、きゃ! と歓声を上げたかと思うと、ケータイで写真を撮り、お互いのケーキの映り具合を見せ合いっこして、ケタケタと笑った。
ふたりが美味しそうにケーキを頬張る様子を、董馬は撮影した。ふたりともピースサインでポーズを決めた。
「後で送ってあげるよ」と董馬が言ったとき、董馬のケータイにメールが届いた。

誰だろう? と思い、受信画面を開いた。

『たすけてください』

メールの送り主は、赤星美緒だった。

 

(第59話へ続く)

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2013年9月23日 (月)

第57話:【史佳】~その17

★第56話はコチラ

「ちょっとストップ」董馬が史佳の眼前に手をかざした。
「何?」
「史佳ちゃん、あのね」
「綾野」
「はい?」
「アタシ綾野史佳です。フルネーム」
「あ…そう。うん、そうなんだ…へぇ、綾野って言うんだ。あれ…でも、前に聞いた覚えがあるようなないような…」
「簡単に思い出せないってことは、今まで、名字は知らなかったことと同じでしょ? 柊木先生」
「そ、そうだね」
虚を突かれた董馬が、しどろもどろとしている様子を見て、史佳は内心「やったね」と思った。
「どうして名字で呼ばないのなかぁって、ずっと思ってたんだけど、アタシが名字を教えていなかったからだよね。ごめんね先生」史佳はシュンとした表情を見せた。
「だって、嫌でしょ? こんな見知らぬ女子高生のことを名前で呼ぶのは。塾の先生をやってたんだから、生徒を名字で呼ぶのが先生の中では定説だもんね」
「いや…僕は別に」
史佳は、ツンと吊り上がっている細眉を、重しを吊した糸で、すーっと引っ張るようにして押し下げた。眉間に余分な力が加わる。いわゆる困り顔。得意技よ。いやん。
「これからは、アタシのこと綾野って呼んでいいよ。アタシ、柊木先生になら、呼び捨てにされても構わない。ううん、いっそもっと俺様的に扱ってもい、い、よ」
史佳は、両手を頬に当てて、手のひらの隙間から漏れるようなか細い声を出した。ちょっとだけ身を左右によじる。恥じらいのポーズだよん。

「僕は愛実ちゃん…だっけか? 彼女よりも史佳ちゃんの方が可愛いと思うよ」
「へ?」
何? 何なの? 何を言ってるの? 

「万人に好かれようとしなくてもいいんだよ。たとえ少人数でも、自分のことを真剣に愛してくれる人がいれば、それだけで人は十分なんだ」

史佳はうすら笑いを浮かべたまま脱力し、頬に当てていた手をテーブルの上に所在なげに落とした。
自分が連想した様々な反応。怒られるのかな。笑われるのかな。何も言えずにだんまりしちゃうのかな。だって、超純情そうだもん、このセンセー。なんだか苛めたくなっちゃったー。

なあんて思ってたのに。

思ってたのに。

のにー!

「正直、なんて呼ぼうかなんて考えたことはないんだ。史佳ちゃんは、他にどこにもいない。今、目の前にいるのが、本人だから。迷うことはない。僕は目の前にいる綾野史佳に全身全霊を注いで、勉強を教えて、本人が納得するまで付き合うつもりだよ。それに…」

董馬がテーブルの端に立て並べていた紙ナプキンを一枚、サッと取り上げた。
「…それに、さっきのお友だちの話ね。愛実ちゃんに彼氏ができて、その彼氏が綾野史佳にとって気に入らない相手だったらこそ、今まで以上に愛実ちゃんと仲良くしてあげないと。それが友情の本質だし、そうすることで、綾野史佳は一回りも二回りも大きくなれるんだ」

董馬がニコと笑い、手を伸ばし、史佳の口元をナプキンで拭った。
「クリームが付いてた。ちょっと気になってた」そう言って董馬は笑った。史佳は唇の表面に残ったかさついた紙ナプキンの感触を舌先で舐め上げた。途端に恥ずかしくなった。顔から火が出るとはまさにこのことだった。

「隣においで」
「ふぇ?」
「正面に座るから、集中できないんだ。史佳ちゃんは、目の前に話し相手がいるから、ついおさぼりしちゃうんだと思う。それにマンツーマンの家庭教師のような指導なら、横並びで指導をする体勢の方が、学習効率がいい」

と、隣? 隣同士でくっつき合って、あんなことやこんなこと…いや、勉強をするっていうの?
そ、そんなこと、この綾野史佳様ができるわけ…と思ったのも束の間、いつの間にか取り憑かれたようにあっさりと董馬の横に腰を落としていた。ストンと。ここはデニーズ。史佳は隣席の子どもが放っていた怪獣のような咆哮も、まったく気にならなくなっていた。

「よし…! じゃあ勉強再開だ!…って、うわ!」

董馬が、頓狂な声を上げた。周囲のテーブルから視線が注がれる。
史佳は、董馬の腕に寄りかかっていた。董馬が思わず身を後ずさる。そのまま史佳は、ずるっと滑るように董馬の胸に顔をうずめた。

 

 

 

 

何やってるの…? 先生

 

 

史佳がとろんとした眼を向けた先に、呆然と立ち尽くす沙絵の姿があった。

 

(第58話へ続く)

 

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2013年9月19日 (木)

第56話:【史佳】~その16

★第55話はコチラ

日曜の昼下がり、ランチ時間はとっくに過ぎているものの、店内はうるさいほどに盛況だった。席という席はすべて家族連れやカップルで埋まっている。客のほとんどが県外からの観光客だった。大型連休も終わり、一息ついたように思えるが、霊峰富士が、その勇姿をいよいよ際立たせるようになる、このシーズンこそが、梅雨入り前に富士を一目拝みに来る人たちで賑わう。

国道138号線に乱立する、ファミレスや飲食店は、週末にもなると、行列ができるほどの集客がある。入れ食い状態だった。外から財と余裕を背負ったファミリーカーが、ちゃりちゃりと小銭を道路端に撒き散らしてゆく。ばら撒かれた小銭は遊興費なのだが、拾う者にとっては貴重な生活費や店の運営費として化ける。観光地にとって銭こそが化け物であり、己の存在を示す確固たる証となる。

デニーズの店内は、他の店舗に負けず劣らずの喧噪に包まれていた。禁煙席は、家族連れでほぼ埋まっていた。ほとんどの子どもたちが、大人と大人の間に挟まれてぎゃあぎゃあと鳴いている。ときに怪鳥の断末魔かのようにキエー! と奇声を上げる子どもも居たり、意味なく大声で返事をする子ども、椅子の上に立ったり、パパの肩に這いつくばり、細い四肢をパパの身体に絡ませて、不規則にうごめいている。

蜘蛛のようだった。パパの身体から、触手のような手足がうにょうにょと。パパはずっとケータイを見ている。ママも知らんぷり。上半身に絡みついた子どもは虫虫虫。無視。

「ねぇ、先生」
「え?」
「あれって幸せなの?」
「どれ?」
「ほら、あそこの家族連れ。子どもがバタバタもがいている」
「もがいているんじゃなくて、じゃれてるんだよ」
史佳は、ペンの動きを止めて、二つ向こうのテーブルに座る家族連れを見つめた。手元には、董馬が用意した現代文の問題集が拡げられていた。傍らには、飲みかけで半分ほど残ってるオレンジジュースが置いている。グラスの表面は結露していた。

「幸せだと思うよ」董馬は、アイスコーヒーを啜った。
「どうして?」
「泣いていない」
「え?」
「誰も泣いていないだろう。泣き顔以外は幸せの象徴だ
「それ、マジで言ってるの?」
「そうだけど?」
「ふぅん……」
史佳の瞳は、珍しい物でも見るように好奇心に溢れていた。

「でも、見ていて鬱陶しい。こういうところでバタバタ暴れるのは、お行儀が悪いと思う」
「そうだね」
「子どもだったら何でも許せるの? あんなに無法地帯みたいに騒いで」
まるで、養鶏場の檻だ、と史佳は思った。

「そんなことはないよ。現に史佳ちゃんはまだ子どもじゃないか」
「アタシ?」
「そう」
「15歳は子ども?」
「そうだね」
「それは、アタシ……だから?」
「は?」

アタシが処女だから!?

 

周囲の好奇な視線を感じつつ、董馬はいつになったら勉強してくれるんだ、とガックリとうな垂れ、ふたたび額をテーブルに打ち付けた。

 

(第57話へ続く)

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2013年9月10日 (火)

第55話:【史佳】~その15

★第54話はコチラ

テストの結果は散々だった。原因は言うまでもなく史佳の救いようのないほどの破壊された、その気質だった。散弾銃の銃口から飛び出た弾丸が、気まぐれな弾痕を形成するように史佳の心は、あっちへ行き、こっちへ行きと、拠り所のなく彷徨っていた。

 

 

 

 

愛実は親友なんです。こんなぶっ飛んでるアタシの性格を理解してくれて、いつも寄り添ってくれます。愚痴を吐いたら、こちらが話尽きるまで、ウンウンとうなずいて聞いてくれるし、遊びに誘ったら、よっぽどの先約がない限り、アタシとの約束を優先してくれます。

近所に住んでいる間柄じゃないけど、顔を合わせる回数は、他の友達と比べても、断然に愛実の方が多いし、そういう親密性って、たぶん他の人たちも十分に分かっているんだと思うんです。「史佳には愛実がいるから」みたいな。

そういうのって、結構気持ちが良いかな。周囲の人間という人間が、アタシのすべてを理解してくれているわけないけど、「あの子は大丈夫。友達に恵まれている」って合格の烙印を押してくれているようで、妙な優越感があったりします。

愛実はアタシなんかと違って、お嬢様で、美人で、頭も良くて、髪の毛もサラッとしてて、肌もつるんとしてて、本当につるんつるん! ってしてて、スタイルもいいし…スタイルというか、骨格自体がスリムなんです。居ますよね? そういう女の子。将来はモデルとかやっちゃう子って、絶対に骨格が細いんだと思います。生まれつき美人なんです。アタシなんかじゃ絶対に無理。遺伝子から負けてるもん。

そんな愛実に彼氏ができたんです。それが、学校でけっこーチャラくて有名な山下先輩なんです。アタシも噂しか聞いたことがないんだけど、いっつも女の子と遊んでいて、カッコイイか分からないけど、とにかく彼女とかすぐにできて、でも、できたと思ったらすぐに別れて、それでまた別のひとと付き合って、それでまた別れたり…そんなことを繰り返している男なんです。

そんな男に、アタシの可愛い愛実が盗られちゃったんです。信じられます? 愛実ゼッタイに遊ばれてると思う。騙されてるんだと思う。愛実が可愛そう! もー何とかしないと! アタシの手で愛実の目を覚まさせないと! だから手伝って下さい! 愛実救出大作戦です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー、史佳ちゃん…」
「何ですか?」
「えーと…」
「だから何ですか?」
「今日は…えーと、その…勉強をするんだよ…ね?」
「そうでしたっけ?」
「勉強を教えて欲しいって言ってきたのは、史佳ちゃんじゃあ…」
「うそ? ごめんなさーい。てへぺろっ」

史佳は舌をチロッと出し、ウィンクした。
董馬はその場にうな垂れ、テーブルに額を打ちつけた。

 

(第56話へ続く)

 

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