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2014年8月13日 (水)

第89話:【花火が消えた夜】~その3

★第88話はコチラ

僕が今から書き記す内容は、日々の戯れ言を綴る日記でもないし、ましてや、通俗的な大衆小説でもない。すべてが、この日 ―― そう。僕の人生において、きっと消え失せることなく、強烈な記憶の断片として残るであろう、あの、2013年7月26日。その当日に起こったあらゆる不条理とも思える出来事を、克明に記した、いわば「記録」である。

もし、この「記録」が、親愛なる僕の読者様の元に向けて、発信されたとき ―― すなわち、それは、もう その事実を語る時が訪れたのだと、僕が己の、内なる呼びかけに応えた、証拠である。

読者の皆様は、どうか開眼して、この「記録」を読んで欲しい。
今から記すことが、真実なのである。限りなく純真で、汚れのない、私たちの関係なのである。

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**********

私の名は、柊木董馬(ひいらぎとうま)と申します。
主に、作家業、文筆業で生計を立てていますが、居住地である静岡県御殿場市で、塾講師のアルバイト、及び、家庭教師のアルバイトもやっています。
以前は、塾の講師が、本業だったのですが、数年前に職場での折り合いが悪くなり、自己都合で退職をしました。(※このことについては、また後ほど詳しく書かせてもらいます)

私は、妻がいました。いました、と書くということは、つまり…それはすでに過去の話だからです。
妻は、他界しました。事故でした。
「死」とは、実にあっけないものです。一分、二分、三分、とじわじわとつぼみを開いていった桜の花が、十分咲きになった途端に、みるみると萎んでいき、やがて気付かぬうちに散ってしまうように、実に、さらっ、としています。「美しいものほど、はかない」とは、よく言ったものです。私の妻も、どの花にも負けず劣らずに、美しく、華やかな存在でした。

話を、現在(いま)に戻します。

すでに、この 私 が 描 い て い る 作 品ひりひりする恋」を、前回の第88話までお読み頂いた読者様のペースに合わせて、今からお話をさせて頂きます。もし、まだ未読の方が、この回(第89話)に目を通しているのであれば、申し訳ないですが、過去の「ひりひりする恋」を、ある程度通読なさってから、これから先の文章を読まれた方が良いのかな、と思います。無論、強制ではありませんのであしからず。

**********

史佳に手を握られたとき、私の心には喜びが去来しました。
それは、手を握ることによって、私という人間を史佳が認めてくれているのだ、と思ったからです。たとえば、生理的に受け付けられない他者とは、誰も「手を握りたい」などとは思わないはずです。どこかで気を許している、安心している部分があるから、身体と身体を触れあわせることができるのだと思います。

このような触れあいの可能・不可能は、もっと性的なもの…たとえばセックスにも大きく作用しています。通常、セックスにおいてお互いが、精神的、肉体的に満足を得るためには、両者の合意が必要です。「合意」とは、ある種の信用と安心感から成り立っています。身を委ねることに対して不安がある場合は、いかなる性戯であれも、その者の性分を十分に満たせるような快感は得られません。

男女の…いや、人と人との触れあいは、合意ありき、なのです。
たとえ、その合意の意思が、表面上のものではなくて、潜在的なものであっても、行為のすべてに安心と信用があるからこそ、相互の人間関係は進展していくのです。

史佳の手は、うっすらと湿っていました。きっと手汗をかいていたのでしょう。私は、生まれつきの乾燥肌なのです。それが効を喫しているのかは分かりませんが、長時間、手を握っていても、汗ばむことはほとんどありません。

史佳が、握っていた手を、突然、離しました。
「うわ、チョー汗ばんでる。めっちゃ恥ずかしい」
と、史佳が言いました。電車はもう動き出しています。御殿場駅は、とっくの昔に見えなくなっています。
「肌と肌が、触れ合ってるのだから、汗をかくのはしょうがないよ」
私が、そう言って、空いている席に腰をおろそうとしたら、
「座らないで、立とうよ」
と史佳が言いました。そうか、浴衣だからか、と思い、私がそのことを伝えると、
「ううん。違うんです。私、電車は立ったまま乗っているのが好きなんです」
「ふぅん。どうして?」
「…なんか、運ばれてる、て感じになるんです。身体が」
「まぁ、たしかに運ばれているね」
私が言うと、史佳は、
「そうなんですけど、たぶんアタシが思っている『運ばれている』と、先生の『運ばれている』は、ちょっと違うのかな、と思う」
と言って、車窓に映る夜の景色を見つめていました。

私は、史佳の言いたいことが、あまり理解できませんでした。ふと、思いついて、史佳の手を、私はふたたび握ってみました。
突然、手を握られて驚いたのか、史佳は身体をビクッと一瞬、こわばらせて、私を見ました。
史佳の手のひらは、すでに渇いていました。細くて白い指先は、まるで剥きたての白身魚のようです。史佳の爪には、うっすらとマニキュアが塗られていました。

私は、史佳の手のひらが汗ばむのを待ちました。汗ばむまで手は離さないつもりです。触れあった肌と肌。その肌の隙間から放出された熱を浴び、お互いの体温が上昇し、汗ばむことは、繋がりを象徴するもの。

私は、誰かと「繋がり」を感じていたいのです。
史佳にはその資格があると思いました。他の誰でもない、この綾野史佳にこそ、私に生きる希望を与えてくれる存在だと、そう思っていたのです。

史佳は、車内を一瞥する視線を送りました。まるでなにかを観察するようです。警戒めいた動作をしたあとに、史佳が言いました。
「先生、その背中に背負ったもの…重 い で す か

私は、思わず握っていた手を離してしまいました。自分でも動揺しているのが分かります。
「そうだね…重い、かな」
私は、慎重に答えました。
そのときの、私の背には、、“いつも通りに”骨壺が入ったリュックサックがありました。
亡くなった妻の分身ともいえる、骨壺です。特に理由がない限りは、いつも肌身離さずに携行するようにしています。
史佳は、当然のように、そんな私の奇行を承知したうえで、今日の花火大会に誘ってくれているはずです。

「奥さんにも、花火を見せたいんだ?」
史佳が聞いてきました。
「そう…だね」
私は答えます。
「でもさぁ、先生」
史佳は、白魚のような指先でリュックの表面を、ツーと撫でました。そして言いました。
「もう無理だと思うよ。だって…奥さんはもう生きていないんだよ。この世にいない人に、花火が見えるわけないじゃん。無理だよ」

私は、なにも答えませんでした。史佳の言う通りだったからです。そうです。妻はもう、この世にはいません。花火なんか見えるはずがありません。「見える」と思うのは、生存者の希望に過ぎないのです。

アタシ、先生のこと好きかも

電車が駅に着きました。ドアが開いた途端に、降りようとする乗客に背中を押されて、私はよろめいたのです。ふらついた私の身体を、史佳が、脇から支えていました。

 

(第90話へ続く)

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