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2014年8月21日 (木)

第90話:【花火が消えた夜】~その4

★第89話はコチラ

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史佳が放った言葉は、私に向けたものではないと思いました。よく聞き取れなかったのです。周囲は、乗降客…特に花火見物に出かける人たちでごった返していました。色とりどりの浴衣や、甚平姿。そして、中学生か高校生の集団が、明らかにいつもとはちがう高いテンションを維持したまま改札口へと向かっています。家族連れから生み出された喧噪。若々しいカップルから生み出された喧噪。とにかく色々な音と、色々なにおいが混ざったプラットフォームは、春になり発芽した種子のように、あちらこちらで騒がしさの火種が生み出されていました。

その中で、なんの前触れもなく、いきなり「好きです」などと言われて、誰がまともに耳を貸すでしょうか。きっと誰もが、あのときの私と同じように「え?」と聞き返すでしょう。大事な話ほど、聞こえづらいものです。人生にはよくあります。

「アタシは、まだ15歳だから、大人を好きになっちゃいけないの?」
と、史佳が尋ねてきたのは、駅の改札を出て、駅前のロータリーをぐるっと回り、今夜の祭りのために歩行者天国になっている大通りの入口付近にたどり着いたときでした。
「え?」
私は、ふたたび聞き返しました。ですが、今度は空耳なんかじゃありません。喧噪を押し退けて、ハッキリとした史佳の声が耳に届いていました。
「そんな…ことは、ない…かな」
私は、曖昧に回答をしました。
「恋愛に、年齢差は関係無いよ」
私は続けました。さも納得したように、自分でもうなずいて見せます。史佳は私の手を握ったままでした。絡まった指のあいだが、じんわりと湿っていました。手汗をかいているのです。指のあいだに溜まった汗が、皮膚と皮膚を粘着させているような気がしました。このまま無造作に離れようと考えたら、糊でくっつけたようになった私の指と史佳の指が、離されまいと反乱を起こしてしまうような錯覚を覚えました。

「年齢差は関係無い…だけど、いくらかの制限は生まれる
これは史佳の言葉です。私は、たしかに、とひとり納得しました。
人は、恋愛をするときに、幾多の障害を感じます。障害のない恋愛は、成就しないのではないか、とさえ思います。「障害」があり、その障害を「乗り越える」という、通過儀礼的な体験をすることが必要なのです。その「障害」を、史佳は「制限」と言い換えました。

「制限」と一様に述べても、数えれば、星の数ほどの種類が存在します。それは、倫理の世界ではタブーとされている「近親相姦」もあれば、学生と社会人、大人と未成年など、一般に愛を育む共同作業が、スムーズにいけないケースです。多様な「制限」によって、これまた多くの人が、その愛を消失させています。
ですが、待ち構えている「制限」を看破することで、いっそう愛という名の結束が固まる…これも否定できない事実なのです。

私は、足を止めました。途端に左右の人だかりが、スーッと前へ流れてゆきます。私が止まっても周囲の人たちは歩き続けています。歩くのをやめれば、取り残されます。これは当然の理です。
私は、どこかに定位置を設けて、そこに腰をおろし、花火を鑑賞しよう、と史佳に提案しました。史佳は、コクンとうなずきます。
「お腹、減ってない?」
私は聞きます。
「ううん、ヘーキ」
史佳は、首を軽く横に振って答えました。
それから数分間、歩行者天国となった大通りを、史佳と手を繋いでウロウロとしました。そして、とあるビルとビルのあいだにある駐車場を見つけました。そこから、視線を斜め上方に向ければ、そこからちょうど花火が上がるはずの空の一角が見えるのです。その駐車場には、すでに何人かの見物客が腰をおろしていました。

「ここにしよう」と史佳が私に言いました。私は、またもや曖昧にうなずき、先を行く史佳のあとを付いて行きました。と、史佳は、駐車場の車輪止めに使われている縁石の上に、腰をおろそうとしました。下に何も敷いていないので、このまま座れば、せっかくの浴衣が汚れてしまいます。
「汚れるよ」
私は言い、背負ったリュックサックの中から、アウトドア用のビニールシートを取り出そうと、身をよじりました。
「気にしない」
私が、あッ! と声を出すのと同時に、史佳が縁石の上にお尻を乗せました。史佳は、曲げた両膝を器用に横に倒し、まるで、しな、を作ったような姿勢になりました。
「大胆だね」
「変な感想」
史佳が私を見上げて笑いました。

私も、史佳の隣に座りました。当然、尻の下には何も敷いていません。短パンの表面がザラついた感触を覚え、少しだけひんやりとしました。
「ここは、私有地だよ」
私が言うと、史佳は「今日は花火だからいいんじゃない?」と、なぜかホッとしたような表情を見せて言いました。やはり花火を見る位置が確定したので、安心した部分があるのでしょうか。

私は、リュックサックからペットボトルのジュースを二本取り出し、一本を史佳に与えました。さっき駅から、ここへ来る途中で買ったジュースです。まだ冷えています。飲むと、喉が気持ちよかったです。
唐突に、史佳が言いました。
「先生の恋愛も制限あるよね」
私は、
「どうだろう」と答えました。史佳は、何をしゃべってくるのか、大人の私でも予想がつきません。私は、沈黙のまま、史佳の言葉を待ちました。

「先生の場合は、『この世』と『あの世』…って感じかな」
「えッ?」
「もっと単純に言えば、『生』と『死』みたいな」
「それはどういう意味?」
私は尋ねました。史佳の横顔は外灯の淡い光に照らされ、仄白く光っていました。
「先生は、死んだ奥さんと恋愛してるんでしょう? 死んだ人と、生きてる人の恋愛なんて、他のどんな制限も敵わないよ。太刀打ちできない」

「もうね、死んだ人を追っかけるのはやめた方がいいと、思うよ」
史佳の声は落ち着いていました。
「先生…もう先生の『今』の恋愛は終わりにしましょう。先生と恋愛している人は、この世には戻ってこないんですから」

私は黙っていました。史佳が言います。
いない人を、いるように書いていても、何も得られないんですよ

私は、ハッとして、史佳の瞳を凝視しました。

 

 

 

「先生の奥さん… 沙 絵 さ ん は、もういないんです。もう終わりにしましょう」

 

史佳の声は冷ややかでした。
私の指先がひりひりと痛みました。それは、さっきまで史佳と繋がっていた指先でした。

 

(第91話はコチラ)

 

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