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2014年8月30日 (土)

第91話:【花火が消えた夜】~その5

★第90話はコチラ

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誰かの、あッ! と叫ぶ声が聞こえました。見ると、同じ駐車場の片隅に車座になって座り込んでいる若者たちがいます。声は、その中から聞こえました。一人の少女が輪から飛び出して、私と史佳がいる方に向けて指をさしています。

その少女は、愛実でした。史佳の友人の女の子です。私は面識がなかったのですが、史佳が、自分の友だちだ、と教えてくれました。そう言う、史佳の声は落ち着いていました。愛実の手には、かき氷を盛ったカップがありました。氷は、黄色く光っています。きっとレモン味なのでしょう。買ったばかりなのか、氷はまだ山なりの形を描いていました。

「いこ、センセ」
史佳は、立ち上がりました。そして近づいてくる愛実に対して、会釈をしていた私の前を横切って、歩行者天国になっている大通りの方へ、スタスタと歩いていきました。まるで、キャッチセールスを無視してすすむ、都会の人のような歩き方でした。

私は、あわてて立ち上がり、ぽかん、としている愛実に対して、ペコペコと頭を下げ、史佳の後を追いかけました。途中、車座の連中から、強い視線を浴びているのを感じて、チラとそちらの方へ目を配りました。その一座は、高校生くらいの年代の男女で構成されていました。きっと愛実と友人たちなのでしょう。髪の毛を茶色く染めている少年もいれば、すでに年増女と見間違うほどの厚化粧を施した少女もいました。ひょっとしら、実際に「少女」と呼べる年齢ではないのかもしれませんが、私には、そんなことはどうでもよかったのです。一人、煙草をふかしている少年も座の中にいました。やはり、どうでもよいことです。そのときの私には、愛実も、車座の少年少女も、興味の対象にはなりませんでした。

駐車場のスペースを出てすぐに、史佳を見つけました。彼女は、右へ左へと行き来する人波に飲み込まれないように、閉店している商業ビルのショーウィンドウガラスにもたれて立っていました。せっかく綺麗に結んでいるであろう帯が、ガラスにかけた重みでつぶれていないか心配になりました。

私が近づくと、
「まさか、愛実に会うなんて思いもしなかった」
と史佳が言いました。
「なんか逃げ出したみたいだね。会いたくなかった…とか?」
私が訊ねると、史佳は私の目をじッと見ました。色白のせいか薄闇の中でも、史佳の顔は、白熱灯に照らされたように、仄白く光っています。

うすく紅をひいた、くちびるが、含み笑いのような口角になり、
愛 実 を 登 場 さ せ た の は、柊木先生、自身でしょう。今ここに愛実という邪魔者が出現すれば、奥さんの話を途中で中断できる。それが、先生の作戦だった…」

「作戦?」私は小首をかしげました。史佳が言っている意味がよく分かりませんでした。
「僕は、別にふみかちゃんの友だちを、今日、呼び出したりはしていないよ。…というか、さっきの子、ええと…愛実ちゃんだっけ? 彼女とは面識もないんだから…」

言うと、史佳がクククと笑いました。小鳥のさえずりのような笑い声です。笑いながら、肩が細かく震えています。ますます意味が分かりません。

「何をとぼけているんですか」
醒めた声です。
「とぼける? 僕が?」
私は、困った顔をしてみせました。顔が引き攣っているのが自分でも分かります。
「先生、いいかげんにしてください。これは先生が書いている物語です。先生の好きなようにストーリーをねじ曲げられるのは、至極当然じゃないですか」
「物語って?」
「今、です」
「は?」
「今日こうして、アタシと花火大会に訪れることになった、その事実です。これって、先生が望んだのでしょう?」
私は首を振りました。否定のポーズです。史佳は間違っている、と思いました。今夜の花火大会は、史佳が私を誘ったことで生じたイベントです。けっして私の方から誘ったわけではありません。
「よく分からないけど…今日は、さえちゃんが来られなくなったから、二人きりになったわけで…本当は、ふみかちゃんと二人きりで来る予定ではなかった。そのことは理解しているだろう?」
私は、諭すように言いました。史佳は、私の目を見つめました。どこからか、香ばしいにおいが漂ってきました。これは焼きトウモロコシのにおいだな、と私は気づきました。そういえば、いつもであれば、もうとっくに夕食の時間です。空腹を覚える時間帯です。でも、不思議と、そんなにお腹は減っていないようです。ただ喉が渇いていました。

「柊木先生、電話かけてみて下さい」
と史佳が言いました。
「え、電話?」
「そうです」
「誰にかけるの?」
「沙絵先輩です」
「さえちゃんは…今、仕事中だから電話に出られないと思うよ」
「そうでしょうね。沙絵先輩は電話に出られない。だけど、出られない理由は『仕事』なんかじゃありません。沙絵先輩はいないんです」
「いない?」
「はい。現実の世界にはいない。だから電話をかけても出られない、ということです」

史佳は、ガラスを背にゆっくりと私に近づいてきました。私は深いため息をつき、言いました。
「ふみかちゃん…ごめん。よく分からないんだ。ふみかちゃんが今、僕に言ってることが、僕にはヨクワカラナインダ…」

史佳が言いました。
「先生、リュックサック…忘れていないですか? 駐車場に」
私は、あッ! と叫びました。途端に、背中に圧迫感がないことに気づきました。なんてことでしょう! さっき駐車場の縁石に腰をおろしたとき、リュックサックもついでに肩からおろしていたのです!

アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!

そのとき史佳が急に笑い出しました。周囲にいた歩行者たちが、驚いて史佳を見たのが分かりました。私も、拡声器から飛び出したような史佳の大笑に驚き、思わず後ずさりました。

史佳は笑いながら、その場を走り出しました。あっという間の出来事でした。浴衣を着ている身とは思えない素早さでした。信じられません。
史佳は、ビルの角を曲がりました。曲がった先には、さっき私たちがいた駐車場があります。私は、後を追いました。

見ると、駐車場のど真ん中に史佳がいました。彼女の手にはいつの間にか骨壺がありました。妻の遺灰と遺骨が入った、骨壺です。

 

 

史佳が、壺を高々と頭上にかかげました。

壺に外灯の光があたりました。いや月光の反射かもしれません。

 

ぶっ壊れてしまえ。

 

史佳の目に涙。

 

 

 

 

「やめろー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

史佳の足元に、潮がひいたあとの砂浜のような景色が浮かびました。

それは、まぎれまない「」でした。

ただの「」でした。

砂の中に、白い固形物がいくつも見えました。

それは貝殻です。

私が拾った貝殻です。

私が拾った、ただの「貝殻」です。

 

 

 

 

どこに奥さんがいるんだよ。バーカ

そう言って、史佳はわんわんと泣き始めたのです。

 

(第92話へ続く)

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