« 第87話:【花火が消えた夜】~その1 | トップページ | 第89話:【花火が消えた夜】~その3 »

2014年7月26日 (土)

第88話:【花火が消えた夜】~その2

★第87話はコチラ

僕が今から書き記す内容は、日々の戯れ言を綴る日記でもないし、ましてや、通俗的な大衆小説でもない。すべてが、この日 ―― そう。僕の人生において、きっと消え失せることなく、強烈な記憶の断片として残るであろう、あの、2013年7月26日。その当日に起こったあらゆる不条理とも思える出来事を、克明に記した、いわば「記録」である。

もし、この「記録」が、親愛なる僕の読者様の元に向けて、発信されたとき ―― すなわち、それは、もう その事実を語る時が訪れたのだと、僕が己の、内なる呼びかけに応えた、証拠である。

読者の皆様は、どうか開眼して、この「記録」を読んで欲しい。
今から記すことが、真実なのである。限りなく純真で、汚れのない、私たちの関係なのである。

1024768


**********

私の名は、柊木董馬(ひいらぎとうま)と申します。
主に、作家業、文筆業で生計を立てていますが、居住地である静岡県御殿場市で、塾講師のアルバイト、及び、家庭教師のアルバイトもやっています。
以前は、塾の講師が、本業だったのですが、数年前に職場での折り合いが悪くなり、自己都合で退職をしました。(※このことについては、また後ほど詳しく書かせてもらいます)

私は、妻がいました。いました、と書くということは、つまり…それはすでに過去の話だからです。
妻は、他界しました。事故でした。
「死」とは、実にあっけないものです。一分、二分、三分、とじわじわとつぼみを開いていった桜の花が、十分咲きになった途端に、みるみると萎んでいき、やがて気付かぬうちに散ってしまうように、実に、さらっ、としています。「美しいものほど、はかない」とは、よく言ったものです。私の妻も、どの花にも負けず劣らずに、美しく、華やかな存在でした。

話を、現在(いま)に戻します。

すでに、この 私 が 描 い て い る 作 品ひりひりする恋」を、前回の第87話までお読み頂いた読者様のペースに合わせて、今からお話をさせて頂きます。もし、まだ未読の方が、この回(第88話)に目を通しているのであれば、申し訳ないですが、過去の「ひりひりする恋」を、ある程度通読なさってから、これから先の文章を読まれた方が良いのかな、と思います。無論、強制ではありませんのであしからず。

**********

 

そして私と史佳は、共に御殿場駅から下りの電車に乗り、花火大会が行われている街へと向かいました。このとき、私と史佳の間柄というか関係性については、端から見たらどのように映っていたのでしょうか。
お互いが御殿場市に居住しているということもあって、駅ももちろんのこと、電車内であっても、それぞれの知り合いにバッタリと出会う…ということも確率としては、かなり高いはずです。私は、居酒屋に行ってアルコール類を注文しても、間違いなく年齢確認はされない外見をしています。どこからどう見ても、成人男子…いや、史佳の年代を物差しにして考えると、明らかにオジサンです。最近、顔に小皺が増えてきた気がしています。歳のせいでしょうか。

史佳は、というと、今日はほんのりと薄化粧をしているようにも見えました。いや、しているのでしょう。普段は化粧っ気もなく、雪のように真っ白な素肌と、若々しさが残る透けるような産毛が目につくのですが、今宵の史佳は、そんな初々しさな一面を、陰に隠すように、くちびるに軽く紅をひいていました。
目元を観察すると、そこは何も施してはなさそうでした。元々、大きな瞳と、長い睫毛が、印象的な女の子です。目元はイジる必要がないのだと、自分でも自覚しているのかもしれません。
それでも、真っ白な肌に、化粧を重ねることで、いつもより血色が良く、健康体をことさら強調しているようで、見ている方も新鮮な気分になれます。

史佳の浴衣は、シンプルな白を基調として、やや落ち着いた雰囲気を醸しだしていました。えんじ色の帯が、腰元に凛々しさを付け加えているようにも思えます。
彼女がカラコロと下駄を転がすたびに、トレードマークともいえる短い黒髪が、小刻みに揺れます。

F0143541_2474012

浴衣とは不思議なもので、男性の場合はどうかは分かりませんが、女性の場合は、後ろ姿が、とても大人っぽく見えてしまいます。
これは年増に見える、という意味ではなく、もっと腰の据わった、いくらかの夜の芳香を漂わす、艶やかな感じを見受けてしまうのです。
今まで「女」という性を感じなかった対象に、急激に「女」を意識してしまう…果たしてそれが、世の中のすべての男性の身に起こる生理的な現象なのか、というと、さすがにそこまでは言い切ることはできませんが、同様の趣の意を持つ感情(…ここでは説明はしませんが)を宿してしまう可能性があるのでは、と思います。

そんな私も、プラットフォームに向かう階段を慎重におりてゆく、史佳の後ろ姿に、少女を超越した美しさと、可憐さを感じ入ってしまったことを、ここで告白しないわけにはいきません。

さらに、このとき私は、史佳の浴衣姿を見ながら、亡くなった妻の浴衣を着た姿を一目でも見たかった、という想いに駆られたのです。
妻は、夏を待たずにこの世を去りました。私は、私の妻が、「私の妻」として、夏を迎えるときを心待ちにしていました。
人の一生というのは、線で引っ張れば、たった一本の線です。しかし、その線には、無数の季節で細分化されています。

一年、一緒に過ごせば、春夏秋冬、四つの季節を共に見ます。
五年、一緒に過ごせば、二十の季節を共に見ます。
十年であれば、四十です。
四十回も、愛する者の衣替えを見ることができるなんて、なんて幸せなことなのでしょう。これを「幸せ」といわずに、何というのでしょうか。

プラットフォームには、史佳と同じように浴衣を着た人がチラホラといました。史佳と同じ高校生くらいの年代の人も何人かいます。私は、ホッと胸を撫で下ろしました。おそらく、このなかに混ざっていれば、私と史佳の不釣り合いな年齢差の組み合わせも、そんなに浮いては見えないでしょう。よく見ると、家族連れもいます。父と娘、兄妹らしき組み合わせもあります。そんな中に、私と史佳は完全に溶け込み、馴染んでしまったように思えます。

「先生、首に虫が…」
史佳が、眉間に皺を寄せて、自分の後ろ髪のあたりを手でパッパッと払うしぐさをしました。
「むし?」
私は、史佳の背後を覗き込むようにして、浴衣の襟首あたりを見ました。
見ると、たしかに史佳の後頭部の周辺を、小さな羽虫がぷぅん、と飛び交っています。
「あぁ、いる。蛾だね」
私は冷静に言います。
「先生、振り払って」
史佳は、虫が嫌いなのか、ちょっと涙声になって、首を左右に激しく振りました。私は、史佳の後頭部を、手のひらで、うちわのように仰ぎました。こんな退治方法で、蛾が去るとは思えませんでしたが、気休めにでもなればよいと思い、同じ動作を続けました。私は、「はいはい」と言いながら、ちょっとだけ笑いました。

「ふみかちゃんの、首が白く、光っているから…それで虫が寄ってくるんだよ」
私が言うと、史佳が、
「じゃあ、もっと真っ黒に日焼けすればいいってことですか?」
ちょっとムスッとした声で言い返しました。
「いや、まさか」
私は笑いました。続けて言いました。
「とても似合ってるね」
「え?」史佳が、素っ頓狂な声をあげました。
「浴衣」
「え…あ…ありがとう」
史佳は、お礼を言いながら、小さな唇をキュと結びました。その姿はまるで、口の中に含んだ宝石をこぼさないために栓をしたようでした。

そして、電車が到着しました。扉が開いて、乗車の列の先頭から、吸い込まれるように車内に入りました。
ちょうど、私がプラットフォームから車内に足を踏み入れようとした瞬間に史佳が私の腕を、そっと掴みました。その手は、とても熱かったことを、私は今でも覚えています。花火はまだ上がっていません。これから上がるのです


(第89話へ続く)

★二つのブログランキングに参加してます。続きが気になる方、応援してくれる方はクリックしてくれたら嬉しいです。
↓↓↓↓
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

恋愛小説 ブログランキングへ
 

★日常を綴った散文ブログ。ほぼ日刊。
いくじなし。

« 第87話:【花火が消えた夜】~その1 | トップページ | 第89話:【花火が消えた夜】~その3 »

柊木董馬」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第88話:【花火が消えた夜】~その2:

« 第87話:【花火が消えた夜】~その1 | トップページ | 第89話:【花火が消えた夜】~その3 »