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2014年6月19日 (木)

第86話:【史佳と沙絵】~その6

★第85話はコチラ

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人の気持ちが、山の天気と同じように気まぐれで変わりやすいものであることは世間一般にはびこる理の一つかもしれない。それと同じように「少女」の生態も、ふうっと吹いた小さな風で、四方に飛び交うシャボンの泡のように、いとも簡単にゆらめきやすい。天気と人体を同一の天秤に乗せて、その質量を量ることはできないが、その二つに影響を受けてしまう立場になったならば、ヤレヤレなどと気休めに、ため息を吐くことも虚しくなるだけだ。

董馬は、部屋で読書をしていた。読んでいた本は、夏目漱石の「明暗」。晩年の漱石が書いた未完の大作だ。漱石にとって、この小説が遺作になった。
花火大会が、いよいよ明日の夜に迫っていた。
電話が鳴った。メールの着信音だ。沙絵かな? と董馬は思い、携帯電話のディスプレイを見ると、メールの送り主は沙絵ではなく、綾野史佳だった。

明日の花火、行けますよね?

なんだ確認のメールか、と思い、董馬は『もちろん。午後6時に御殿場駅に集合だよね』と打って返信をした。事前に聞いた約束通りに、沙絵と二人で駅に行き、そこで史佳と待ち合わせをし、三人で電車に乗って花火大会がある街へと向かう手筈だった。
電話を置いたあとに、コーヒーカップが空になっていることに気付いた。董馬は、立ち上がって、おかわりのコーヒーを注ぐためにキッチンへ向かった。起き上がる際に、ヨッコラショとかけ声をあげてしまうのは、歳のせいか。なんて通例すぎるか。

サーバーを傾けて、カップの中に残りのコーヒーを注いでいると、隣の部屋から着信音が鳴った。メールの返信が来たな、と董馬は思った。戻り、返信を確かめた。

やっぱり、明日は先生と二人で花火に行きたい

はぁ? と董馬は思う。意味が分からなかった。何を言ってるんだ、あの子は。と心中でボヤく。椅子に腰を下ろし、さて、なんて返そうか…と悩む。文頭に『やっぱり』という言葉がついているということは、つまり「考え直した」、とか「気が変わった」とか、自分勝手な主張を訴えているだけだなと、高校生相手にいらぬ詮索をしてしまう。そんな自分がものすごく大人げなく思えて、少しだけ情けなく思えてくる。

董馬は、最もオーソドックスな文面で返信をした。
『え? どうして?』

送って、一分もしないうちに返信が来た。史佳は今どこにいるのだろう、と想像する。自宅だろうか。それとも電車の中だろうか。まさか彼氏とデート中ではないのか。
史佳に恋人がいるのかいないのか、董馬は分からなかったが、十代の少女の可能な行動範囲は、そんなに広くはないはずだ。人間関係もタカが知れている、と董馬は思った。

べつに理由はないけど、二人の方がいい

ふたたび『どうして?』と返したくなるのを、すんでの所で押しとどめた。この返信内容は、まったく説明になっていない。なんの理由もなしに、予定されていた行動を変更させようとする経緯には、必ずと言ってよいほど理由があるはずだ。うんざりするほどの説明不足。心なしか両肩が重くなる。歳か。それともストレスか。

董馬は、『でも沙絵ちゃんがどう言うか分からないから、彼女に言ってみた方がいいんじゃない? 最初に三人で行きたいって提案したのは、史佳ちゃんなんだから』とメールを返した。ちょっと冷たい反応だったかな、と送信したあとに、ふと心配した。あまり冷淡なやりとりをして、史佳がふてくされてしまうのは、後々が面倒臭い展開になるな、と思った。自分の頭の中で何度も何度も言い聞かせる。相手はコドモだ。相手はコドモ。

董馬は、先手を打とうと考えた。史佳に行動を起こさせる前に、密かに根回しをしておけば、話が大きくならずにすむし、打開策が見つかるかもしれない。
すぐに携帯電話の電話帳を開き、沙絵に電話をした。彼女は今の時間、仕事ではないはずだから、きっと電話には出られるだろうという確信があった。

呼び出し音が、数回鳴ったあとに、なじみ深い溌剌とした声が細かいノイズを掻き分けて、董馬の耳元に届いた。
「もしもし」
『もしもし。先生なに?』
「今、電話大丈夫?」
『うん』
「いや、実は…明日の花火大会のことなんだけど…」
そこまで言うと、沙絵が、あぁ! と大きな声をあげた。董馬は思わず電話を耳から遠ざける。
『先生! 私もそのことで連絡しようと思ってたの!』
「へ?」
『明日ね、急にシフトの変更があって、休めなくなっちゃったの。ごめん!』
「う…そ…?」
『ウソじゃないよ! ホントホント! どうしても交代して欲しいっていう職員さんがいて、その人と代わることになったの。その分、別の日が休みになるんだけど…私も前に一度、その人にシフト代わってもらったことがあって』
「断れなかった、ってか?」
董馬が合いの手をを入れると、沙絵は、そうなのそうなの、と無邪気に繰り返した。
『でも、私が行けなくなると、史佳ちゃんが行けなくなるのか…』
沙絵は、考え込んでいるような物言いをした。
が、次の瞬間、
『さすがに大人の都合で、史佳ちゃんが花火に行けなくなるのは可哀想だから…先生、もし史佳ちゃんが、私が行かなくてもオッケーって言うなら、せっかくだから花火に付き添ってあげれば』
「へ?」董馬は気の抜けたような声を漏らす。リアルに覇気がない「屁」のようだった。
『まぁ、史佳ちゃんが嫌がると思うけど、もし嫌がるなら、今回の花火はなかったことにすればいいし…それとも先生が一人で花火に行っちゃうとか!』
と言って、沙絵は電話口でケラケラと笑った。非常に脳天気な嬌笑を聞いて、董馬は脇のあたりがくすぐったくなった。小人になった沙絵が脇腹をイタズラっぽく、ツンツンと突いているようだ。

董馬は、電話を切った。沙絵は終始、上機嫌だった。なにか良いことでもあったのだろうか。それとも久しぶりに話をして、彼女の体内の総合的なテンションが上昇したのか。

董馬は、史佳にメールを打った。
『やっぱり史佳ちゃんが、それでいいなら二人で花火、いいよ』

すぐに返信が届いた。
ありがとうございます
最後だけ敬語なのが、彼女らしいと思い、董馬は苦笑した。そして「明暗」に栞を挟むのを忘れていることに気付いた。

(第87話へ続く)

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