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2014年6月 5日 (木)

第85話:【史佳と沙絵】~その5

★第84話はコチラ

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沙絵がカーテンを開けた。カーテンレールが、シャァァと軽快な音を鳴らす。開けた先にある窓には、室内の光が反射して、影法師のように沙絵の人影を黒く映していた。
「ほら、真っ暗。ねぇ?」
沙絵が、カーテンの裾を握ったまま、後ろを振り向き、言った。
「だね」
董馬は、肩をすくめてみせた。そんなこと知ってるよ、という意のジェスチャーだった。
「ずっと家に居たんですか?」窓を背に、沙絵が尋ねてくる。
「うん」
「仕事は進んでいる?」
「ぼちぼち」
そう言うと、沙絵は、ふぅんと気の抜けたような返事をして、董馬の仕事部屋をチラリと覗き込んだ。リビングの隣にある六畳の洋間が、董馬が執筆をするための書斎兼仕事部屋だ。いつも原稿を書いている机の上には、デスクトップ型のパソコンが一台と、下書きで使用する四百字詰め原稿用紙が、一塊になって置かれている。
「なんか…汗くさいなぁ」
沙絵は、部屋を覗きながら、眉間に皺を寄せている。嫌悪感を示す表情を見せた。
「先生、オフロは入ってます?」
詰問口調の沙絵。
「いや、昨日は入っていない」董馬は正直に答える。
そう言うと、沙絵は、うわっ、と小さな叫び声をあげて、
「まずはオフロ入って下さい。話はそれからです」
と言った。
「なんの話?」
「なにって、さっき言ったじゃないですか。花火ですよ。は、な、び!」
「そのことなんだけど」と言い、董馬はリビングの壁際に置かれているソファに腰かけた。
どうしようか、と一瞬、迷ったが、隠し立てしても後々にややこしい展開になりそうな気がしたので、正直に言うことにした。それに、嘘をつくほどの体力も気力も残っていなかった。沙絵に風呂に入るように催促されたことで、気持ちはすでに長時間の執筆から解放される安堵感に覆われている。ここで、沙絵が家に来てくれなかったら、もっと衰弱していたのではないかと、沙絵のナイスタイミングな来訪を助け船のような心持ちで受け止めている。

「いや、実は。他の人に花火に行かないか、って誘われていて…」
董馬は静かな声で言った。そんなに大それた話じゃないことをアピールしようとしたのか、微かに笑みを浮かべている自分に気付いた。
「誰?」
沙絵が、訝しげな顔つきになる。
董馬は、数秒間黙り込み、
「ふみか、ちゃん」
と言った。
「え? そうなの?」
「うん」
董馬はうなずいた。
「あれれ? そうなんだ。あれれ?」
沙絵は、まるでモールス信号のように、あれれ、を連呼した。あれれれれれれ。
沙絵の瞳の中に、「?」マークが浮かび上がっているような錯覚に陥る。それほど沙絵は動揺した様子を見せた。
董馬は、しまった、と思った。やっぱり言わない方が良かったのか、と自分を責めた。別に史佳と逢瀬をするわけではないのだから、堂々としていれば良いかと思っての発言だったが、こうも沙絵が動揺した姿態を見せることが予想外だったので、少なからずも後悔した。

「いや、あの」と董馬が言い訳を継ぎ足そうとすると、
「それ! 私が誘われたんだよ!」
と沙絵が、我に返ったのか、董馬が驚くほどの明朗な声で叫んだ。
「え? 誘われた?」
沙絵の叫びの意味が分からず、董馬は鸚鵡返しする。
「うん」
「誰に?」
「だーかーらぁ! 私もふみかちゃんに花火に行きましょう、って誘われたの!」
「へ?」
董馬は絶句した。思考することも忘れ、思わず「それでそれで?」と沙絵に続きを促していた。
「昨日ね、ふみかちゃんから『沙絵先輩、週末の花火大会に一緒に行きませんか?』ってメール来て、それで私が『いいよ』って答えて、『でも女子二人だけだったら、ちょっと不用心かな』って私が返信したら、『じゃあ、もう一人くらい誘って、三人くらいで行きません?』って言われたから…」
「それで、さえちゃんは俺に声をかけたわけか」
「そうそう」と沙絵はうなずく。片手にはバスタオルを持っている。長々とした会話の途中で、いつの間にか董馬の入浴用のバスタオルを持ち出してくれたようだった。董馬は、ありがとう、と沙絵に礼を言って、バスタオルを受け取った。
「でも…どうして、ふみかちゃんは先生にも声をかけてたんだろう?」
「さぁ?」董馬は首をかしげた。
 
「先生は、ふみかちゃんに、花火に行くって了解していたの?」
「いや、OKはしていない」董馬は苦笑した。
「どうして?」
「それはもちろん…仕事が…ねぇ」董馬はさらに苦笑する。チラと書斎に視線を配る。その意味を悟ったのか、沙絵はアハハハと朗笑した。
「そっか! 原稿が書き終わるか分からないもんね! もし間に合わなかったら花火どころじゃないもんね!」
「うーん、まぁそういうこと」
「あれ? 先生はいつ頃、誘われたの? 花火」
「先週かな」董馬は答える。
「あれ? ってことは…最初は、先生と二人きりで行くつもりで、ふみかちゃんは誘った、ってことだよね?」
確かに沙絵の言う通りだった。沙絵が史佳から花火に誘われたのは昨日。時間的に考えれば、史佳は先に董馬に花火に行きたいと声をかけたことになる。
「じゃあ、ふみかちゃんは、先生が『OK』しなかったから、仕方なく私を誘った…というわけか」
沙絵は、納得顔で何度もうなずく。董馬は脱衣所の電灯を点けた。白色灯の光が仄白く瞬く。バスタオルをタオル掛けに掛けた。

「ねぇ」
Tシャツを脱いだところで、沙絵が聞いてきた。
「うん?」
「ふみかちゃんは、先生と花火デートしたかった、ってことかな?」
沙絵が、真面目なのか不真面目なのかよく分からない、複雑な表情をして聞いてきた。
ちょっとの間、考えて、董馬は「いや」と言った。否定だった。
「ちがうと思う。ふみかちゃんは、もし僕が『OK』しても、どうせさえちゃんを同伴させるだろうと…そう計算してたんだと思うよ。んで、僕が行くのを渋っても、さえちゃんに声をかければ、必然的に僕を引っ張ってくるだろうと…どっちにしても三人で行くことになるだろうと考えてたんじゃないかな」
そう言うと、沙絵は驚いた表情を見せた。
「そんな、作戦みたいなことを…あの子が?」
「きっと…僕とさえちゃんに言いたいことか、聞いてもらいたい話でもあるんじゃないかな」
董馬がそう言うと、沙絵は首をブンブンと振った。

「私たち二人じゃないよ」
「え?」と董馬。
「三人よ」
そう言って、沙絵はリビングの片隅を見つめた。
「先生の奥さんも、一緒に…ね…」
「そうか」
董馬は、骨壺を視線を注ぐ沙絵の横顔を見た。その顔は、ちょっとだけ悲しそうだった。

 

(第86話へ続く)

 
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