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2014年6月 1日 (日)

第84話:【史佳と沙絵】~その4

★第83話はコチラ

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董馬は、自宅に籠もっていた。
もう三日になる。いや、正確にいうと三日と数時間。
とにかく家から一歩も出ていない。でも、このような引き籠もりのような生活は、董馬にとって別段珍しいものではない。
締切が迫っていた。昼間は、塾の講師や家庭教師をして生計を立てている姿が、柊木董馬の世間に晒された姿、である。
しかし、仕事が終え、夜になると、董馬の私生活は昼間とは想像もつかないものに様変わりする。
覆面作家、という言葉は、もう古く、退廃的なのかもしれない。が、董馬は“いわゆる”本名を明かさない、姿を公開しない作家として活躍していた。
董馬の書く作品ジャンルは、ほぼすべてがファンタジーやホラー、SFなどだ。これらは、作者本人の想像力を駆使し、描かなければいけないものばかりだ。そのため、原稿の依頼がきても、アイデアが浮かばなければ、たった一行の文章でさえも書くことができない。たとえば、自分の経験を基に描く小説とはちがって、ファンタジーやホラーは、根本的にゼロの状態から新しい世界を創造することになるので「生み」の苦しみは、他のジャンルと比べてはるかに重い。どうにかアイデアがひねり出されても、迫ってくる締切に間に合うように、本来営むべき現実世界をシャットダウンして、原稿用紙に向かわなければいけない。なので、必然的に、家に籠もって書き続ける、という結果になる。

董馬が文筆活動をしていることは、たとえば、両親…そして、アルバイト先である塾の同僚講師たちも知らない。どうせ言っても誰も信じてくれない、という思いがあるのと、董馬自身が「覆面作家」という職業を気に入っているからだ。大げさに宣伝しようとも、有名になりたい、なんて思わない。ただ、自分の描いた世界を気に入ってくれる人だけに、期待に応えられるような創作活動ができればいい。そんなモチベーションだった。

が、たった一人だけ、自身が覆面作家であることを知っている者がいる。
それが睦月沙絵だった。
沙絵は、董馬が塾講師を本職にしていた頃の生徒だった。学校の制服をひらひらさせて生意気な口をきいていた少女は、いつの間にか二十二歳になって、介護福祉士となり、地元の福祉施設で職員として働いていた。沙絵の実家は、地元では有名な不動産会社。彼女は、「睦月不動産」の跡継ぎ。つまり社長令嬢。
もちろん、彼女が成人になって董馬と再会するまでは「教え子と生徒」以外の関係はなかったし、董馬は、沙絵の実家の稼業や、沙絵の生い立ちなどは、興味がなかった。あくまで、多数存在する生徒のうちの一人だった。

今。今はちょっとちがう。
教え子でも、友達でもない、ヘンテコな存在になっている。少なくとも董馬にとって、は。
では、恋人同士になっているのか? と問われれば、厳密にはそうとは言えない。それは、異性としての交流がないことも挙げられるが、お互いが面と向かってお互いの好意を確認し合っていないことが最も大きい。
沙絵が、自分のことを好いてくれているのは、なんとなく気付いている。それはひょっとしたら、異性としてではなく、単にお兄ちゃん的な存在を、沙絵が欲していて、それが恋仲とも捉えられるほどの好意的な態度になっているように見えるのかもしれない。

でも、と董馬は思う。
どっちでもよかった。沙絵がどんな存在であるか、などは董馬にとってどうでもよい話だ。
話は単純。現在(いま)の董馬にとって、沙絵は大切な存在なのだ。なにがどう大切なのか、というのは説明するつもりはなく、ましてやできるものではない。とにかく今の董馬の生活に沙絵は欠かせない存在になっていた。それを「恋」と呼ぶのか「恋愛感情」と呼ぶべきなのか…董馬は、無理に考えないようにしていた。
それでも、亡くなった妻もひっくるめて、覆面作家という董馬の特殊性を、すべて受け入れてくれている沙絵には心底感謝している。

董馬は、そんなことを考えながら、ひとときの休憩をしていた。
腹が減っていた。昨日の夜から何も食べていない。最後に胃袋を満たしたときから二十四時間が経過しようとしていた。窓の外はすっかりと夜が更けていた。
あと数枚、書けば終わる。董馬は椅子に座ったまま伸びをした。体重を受け止めた椅子の背もたれが、ミシミシと折れそうな音をたてた。

ドアのチャイムが鳴った。誰か来たらしい。
董馬は、ゆっくりと立ち上がると、玄関に向かった。
ドアを開けた。沙絵が立っていた。アポなしだった。
沙絵は笑顔で「うわ! ボッサボサ!」と言い、手慣れた様子でサンダルを脱ぐと、あっという間に董馬の家に上がり込んだ。
「先生先生!」
「はい?」董馬は、平坦な声で返す。
「行きましょう!」
「どこへ?」
沙絵は、キラキラとした瞳で董馬を見つめている。眼鏡越しにも沙絵が興奮している様子がつたわってくる。沙絵は、眼鏡を指先でクイッとつまんだ。
「花火です!」
「へ?」
「明後日、花火大会があるんですよ」
董馬は、一瞬で凍り付いた。思わず「あ…」と声が漏れる。
その日は…たしか、史佳ちゃんと…

沙絵は、元気な声で「ハイ決定!」と言うと、スキップしそうな勢いでキッチンに向かっていた。

 

(第85話へ続く)

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