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2014年3月18日 (火)

第80話:【美緒と董馬】~その20

★第79話はコチラ 

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美緒は、電車の中で見かけた董馬の姿に、尋常ならざる気配を感じていた。それは美緒のカラダを通過した、その他大勢のオトコには存在しないものだった。董馬は、虚ろな眼差しで、車窓の景色を眺めていた。 その瞳には生気が感じられなかった。董馬のカラダには小さな「死」の匂いがあった。自らが死と対峙しているのではない。他者の「死」を受け入れた者だけが醸し出す、孤独な悲愴感だった。

美緒は、董馬に興味を抱き、そして男性的魅力を感じた。身体の中心を貫いていた疼きが、よりいっそう噴出された。性と死に対する豊潤な思考が、吊革に掴まる董馬ひとりに向けられた。美緒は、電車を降り、董馬を誘惑した。途中で、董馬の気遣いに心の琴線が揺すられ、そして美緒は涙を流した。まだ駅の中だった。

美緒は、仕事終わりの董馬をコンビニまで呼び出した。美緒は董馬のことをもっと知りたかった。なぜこのオトコに、こうも「死」の芳香が漂うのか。このオトコは何を背負い、今こうして生きているのか。それらの疑問は、今まで美緒が経験したオトコの本性とはかけ離れた分野に思えた。

花やしきに連れて行くようせがんだのは、作戦だった。美緒は、花やしきが早々と閉園することを承知していた。行く先が滞り、困り果てていた董馬に対して執拗に迫った。董馬を引き留めるために、美緒は偽りの涙を流した。そして「死」を連想させる言葉を羅列し、董馬を惑わせた。色香を使い、死を匂わせる。オトナを墜落させるのは、これだけで十分だった。美緒の十七歳としての魅力は完璧だった。

ホテルに入った。錆びついたホテルだった。床も、壁も、バスルームも、大型のダブルベッドも、えんじ色の絨毯も、鑞で固めたような電飾も、すべてが、幾多のオトコとオンナの息吹がかかり、薄汚れていた。

たしかにあのとき、美緒は柊木董馬に抱かれた。それは純然たるカラダの契りであり、快感を伴うセックスだった。董馬が欲情を放出し、荒い息遣いでうなだれている。抜け殻のようになった董馬に向かって美緒は言った。

「どうだった私のカラダは?」
董馬は黙っていた。そして突然立ち上がると、脱ぎ散らかした服を着始めた。美緒は続けて言った。
「なに? 無視するの? ねぇ、サイコーだったんでしょ?」
美緒は、ベッドから身を起こすと、ワイシャツを羽織っている最中の董馬に詰め寄った。
「オジサン聞いてんの? 私、女子高生だよ。そこらへんの二十代とか三十代のオバサンたちとは違うんだよ。良かったでしょ? 十七歳は良かったでしょ? 何もかもが、そこらへんのオンナとは違うでしょ? ねぇ!」
董馬はボタンをかける手を止めて、美緒を見つめた。

董馬の視線を受け止めた途端に、美緒は思わず息を飲んだ。
董馬の視線からは、よりいっそう「死」が溢れているように見えた。
このオトコは、何も変わっていない。良かったのは私だけ。このオトコは、ナニモカンジテイナイ…

美緒は、董馬にしがみついた。ワイシャツの襟首をむんずと掴み、揺すった。身体に貼り付いていたシーツが床に落ちた。汗ばんだ美緒の裸体が、董馬の衣服に吸いついた。
「おい! フザけんな! 何とか言えよ! 良かったんだろ! 若いオンナを抱けて良かったんだろ!」
董馬は何も答えなかった。感情の稀薄な表情をしていた。美緒は憤慨した。
「何だよテメェ! 一生懸命、腰振ってたくせによ! しっかり出すもん出しやがったくせによ! 何が不満なんだよ! オッサン! 何とか言えよ! いいか、これは淫行だぞ、テメェ! 私がここで警察に電話すりゃあ、オッサンは一発で捕まるんだぞ! それを分かってんのか!」

美緒は力の限り吠えた。無意識だった。ワイシャツを引っ張る力が強まった。ボタンがいくつか弾け飛び、汗臭い絨毯の上に落下した。
美緒は泣いていた。悔しくて泣いたのか、悲しくて泣いたのかは分からない。ただただ涙が止まらなかった。

嗚咽を漏らす美緒に向かって、董馬が言った。風のように実態を持たない掠れた声だった。
「ごめん。僕はもう死んでいるのと同じだから」
董馬は、最後に小さく笑った。
「ごめん」
董馬は美緒に深々と頭を下げた。美緒は、その場にへなへなと座り込んだ。
部屋の電話が鳴った。チェックアウトの時間だった。

 

 

******************************

霊園の駐車場は、木々などの遮るものがないせいか、墓所よりも雨脚が強く感じられた。ビショ濡れになっていた美緒を助手席に乗せた董馬は、後部座席に積んでいたスポーツタオルを美緒に渡した。美緒は無言でタオルを受け取ると、雨露に濡れた顔を静かに拭き始めた。美緒が言った。

「私…言わなかったんですよ。警察…」
董馬は、美緒の言っている意味が分かり「あぁ」と返事をした。

「あのとき…私は死ぬつもりで電車に乗りました。フラれたから死のうと思った…なんて、今思えばバカですよね…そこで先生を見つけた。先生に死の匂いを感じたから…私と同じ人間だと思ったから…でもね違ったんです」

美緒はそこで言葉を切った。数秒間の沈黙のあと、続けて言った。
「私は、先生と過ごした翌日から、もっとマジメに生きてゆこうって…そう思って、ちゃんと学校にも塾にも通い始めて…それで一浪はしたけど、大学に合格したんです。大学生になっても、遊びなんかを憶えずに、ちゃんと勉強をするつもりだったんです。だけど…」

美緒は、目頭を手のひらで擦った。
「そこで自分が高校生のときに、フラれたオトコにそっくりな先輩がいて…その人は、私の同級生の女の子の元夫で…でも、私は…その先輩に好かれたくて…それで、また昔みたいに、昔の病気みたいに、先輩と関係を持ってしまったんです」

美緒は、鼻をすすり上げた。両手は腹部を押さえている。
「その先輩と付き合うようになりました。しばらくしてコドモができました。彼の子です。そのことを彼に告げました。彼は、たぶんコドモなんて欲しくないし…それで私のこともウザくなっていたんだと思います。彼は、元妻だった私の友達とふたたび繋がってしまったんです。そこで…復縁をアピールするつもりなのか、私のいる前で…私が覗いているのを承知で、部室で見せつけてきたんです…セックスを…」

そこまで言い切ると、美緒は沈黙した。董馬は黙って聞いていた。沈黙は長かった。大きな雨粒がひとつ、ボタッ! とフロントガラスに落下した。弾かれたように沈黙が破られた。

「先生…私を殺して下さい」
「それは無理だ」
董馬は言った。首を激しく横に振る。

「先生ならできるはずです」
董馬は、美緒を見つめた。美緒の瞳は真剣だった。

 

奥さんを殺したように…私も殺して下さい

フロントガラスが白く濁った。深い霧が車を包み込んでいた。

 

(第81話へ続く)

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