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2014年2月13日 (木)

第77話:【美緒と董馬】~その17

★第76話はコチラ

美緒は、死に場所を求めて日々の時間を積み重ねていた。それは自我がどういうものなのか定まらずに浮遊する淡い気体のようなもでもあり、ゆるやかな波間を潮の流れに身を任せて漂う海月のようでもあった。ときには陽光がさんさんと照りつける南海の灘での漂流であったり、または極寒の荒波が押し寄せる北海の沖での漂流であった。美緒は自らが小学生のときに教師との卑猥な行為に及んだことを後悔していた。精神的苦痛、トラウマ、性的虐待、児童わいせつ…美緒が教師と及んだ行為は、言葉で説明しようものなら、いくつでも当てはまりそうな言葉が出てくる。美緒は、自分が教師にイタズラをされたことが自分の成長に害をもたらしていると気付いた。

それに気付いたのは、中学生にあがり、周囲の同級生の女の子たちが、恋や愛だと、ほほえましくも健気にささやき始めたのを目の当たりにしてからだ。すでに男の情欲の塊とも言える卑猥な肉体を自身の身体の中に受け入れていた美緒は、社会的にも、子どもの世界で、自分を子どもらしく振る舞わなくてはいけないという、小さなパソナリティにおいても、周囲の期待に応えるように「中学生の女の子」を演じることが、空虚で白けたものに思えていた。教室の隅にかたまり、どこそこの男子がかっこいい、何とかという先輩がかっこいい、などという浮ついた男子崇拝の会話をしている同級生の女の子たちの輪には、美緒は混ざることができなかった。所詮、彼女たちが語っているのは、すでに美緒が通過した場所だった。男を知ってしまったことが、美緒を孤立させ、そして偏狭な世界をつくるきっかけとなっていった。

初めてのオトコは、オトナで、そこにレンアイはなかった。美緒は、教師に受けた辱めを誰にも言えずに、ひたすら自分を見つめることで耐えた。どうして言えなかったのだろう、と美緒は後々になって考えた。しかし答えは導き出されなかった。

行為が終わったあとに、教師は美緒を更衣室にあったシャワールームに招き入れ、美緒の足元に屈み込むと、用意していた石鹸で美緒の白魚のような小さな身体を優しく洗った。美緒は下半身が擦り切れて、火傷をするような痛みを覚えていた。そのひりひりする箇所に石鹸の泡をまとった教師のぬるぬるとした手が伸びた。教師は美緒の身体の中心を丹念に撫で、洗った。按摩をするような手つきだった。教師の手は突けば飛び跳ねそうなほど震えていた。教師はなぜか水着を着ていた。他人に見つかっても、水泳の練習をするところだった、などという言い訳を通用させるためだった。でも状況的に明らかに二人の光景には違和感がある。美緒は全裸でシャワーを浴びていたからだ。

美緒の身体を洗っている最中に、教師は、何度も
「僕は、君が好きだ。君が好きだ」
と、呪文のようにつぶいやいていた。美緒は言った。
「好きだから…いいんですか」
突然の美緒の問いかけに教師は、ハッとし目を剥いた。そして美緒の股ぐらに前腕を沿わせたまま、卑屈な笑みを見せた。教師の顔面には飛び散った泡が付着していた。
「そうだよ。好きだからいいんだ。赤星が先生のことを好きになって欲しいとは思わない。赤星は可愛いからモテるだろうし、どうせ先生のことなんか好きになる対象じゃないと思うから。でも、先生は赤星のことが好き、それだけは分かって欲しいんだ」
教師は、やけに自信満々にそう言い放つと、目尻をさげて、おそろしいほど柔和な表情を見せた。

その教師の顔面を美緒は殴った。殴る瞬間は目を瞑っていた。目を開けると、教師が、鼻のあたりを手のひらで押さえて、犬の威嚇のようにウー、ウーと痛そうにうなっていた。美緒は、続けて殴った。突き出した拳が教師の額に直撃した。空いた方の拳で、今度は教師の耳のあたりを殴った。ベチッ! と渇いた音がシャワールームに響いた。教師は、ウワッ! と素っ頓狂な声をあげた。美緒は拳に痛みを感じたが、構わず、無我夢中で拳を振り上げていた。もう目を瞑ってはいなかった。

美緒は、無声のまま、頭を垂れた教師の頭頂部を蹴飛ばした。教師がもんどりうって水浸しのシャワールームの床に倒れた。教師の水着に異形の膨らみを見つけて、美緒は先ほどの行為を思い出した。途端に猛烈な吐き気が湧き出て、気分が悪くなった。そして美緒は泣いた。泣き声を聞いた教師は、我に返って、ヨタヨタと歩き、シャワールームを出ると、手に一通の封筒を持って戻ってきた。教師は、シャワーのコックをひねり、放水を止め、封筒を美緒に差し出した。封筒を受け取った美緒は、封筒の中を覗いた。
「僕は明日、学校を辞めるんだ…これは僕から赤星へのプレゼントだよ」

封筒には、百万円が入っていた。美緒は、さいしょオモチャではないか、と勘ぐったが、教師は「ホンモノだよ」と念を押すように言った。美緒に殴られて、赤く痛々しそうに腫らした鼻を除き、その顔は優越感に満ちていた。

それから一週間もしないうちに、その男性教師は学校に辞表を提出し、やがて依願退職をとなった。美緒は小学校を卒業するまで、百万円が入った封筒を教室の机の引き出しに隠して、どこにも持ち出さなかった。卒業式の当日にタイムカプセルの中に、その封筒を入れた。封筒以外は入れなかった。タイムカプセルには土がかけられ、美緒が成人を迎えたときに開封される計画だった。
タイムカプセルを埋め終わった直後に、美緒の身体に奇妙な変化が押し寄せた。それは波動となって、美緒のおぼつかない足元をすくった。

美緒は、教師の手つきを思い出した。ぬるぬるとした触感。ひりひりとした痛み。その日、美緒の身体に初潮が訪れた。

(第78話へ続く)

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