« 第75話:【美緒と董馬】~その15 | トップページ | 第77話:【美緒と董馬】~その17 »

2014年2月 5日 (水)

第76話:【美緒と董馬】~その16

★第75話はコチラ

美緒は董馬を見上げた。顔をくしゃくしゃに歪ませている。両頬を涙がつたう。が、その涙も、すぐに滴る雨粒に混ざり、一連の流れとなり顎の先から地面に滴り落ちた。

「柊木せんせい…ごめんなさい。迷惑かけてしまってごめんなさい…」
そう言って、美緒はその場にしゃがみ込んだ。董馬の視界に美緒の頸椎部が見えた。細い首には、骨が浮いて見えた。
董馬は、「とにかく、ここから移動するんだ。このままじゃ二人とも雨に打たれすぎて、ぶっ壊れてしまう」と言って、美緒の身体を抱き起こした。美緒の身体は、重みを感じなかった。董馬は、無言のまま強引に美緒を引っ張りながら、雨露を凌げる場所を目指した。ちょうど50メートルほど先に、屋根付きの休憩スペースがあった。備え付けのベンチと木製のテーブルがあった。

董馬は、美緒をベンチに座るよう指示した。美緒は震えながら大人しくベンチに腰を下ろした。美緒は、両腕を交差して己の肩を抱きかかえていた。肩を抱え込むことによって窮屈に締め付けられた美緒の身体は、よりいっそう細くなり、まるで柳の枝のように見えた。

「君は」董馬は言った。
「なぜ、こんなことをする。あのときもそうだった。なぜすぐに死を選ぶ
美緒は、董馬から視線を外したまま、かぶりを振った。いつの間にか泣き止んでいる。
「分からない…自分でも分からないんです。ただ、気付いたら…いつのまにか…そう…なるんです」
美緒の言葉は途切れ途切れだった。
「自分のことなのに、何も分からないわけがないだろう。現に君は…こうして死に場所を求めて、こんなところまで来た。無意識にこの地に向かった、なんて都合の良いことは言わせない」

美緒は黙っていた。董馬は言った。
「あのとき、有楽町で僕にちょっかいを出してきた日…あの日も、君は死のうと思っていた。でも一人では死にきれない。いや、死ぬのが寂しかった。だから君は…うん、誰でも良かった…自分の最期を見届けてくれそうな、人の良さそうな大人に傍に居て欲しかった」

董馬は、頬を滴る雨水を手の甲で振り払った。見下ろす視線の先には、二年前の赤星美緒が映し出されていた。
 

 

 

 

あの日、二年前の浅草で、美緒は董馬をホテルに誘った。
美緒の身体からは、死の匂いがうっそうと漂っていた。
董馬は、あッ! と気付いた。
この子は、今日、死のうとしている、と。

美緒は、あどけない色気を振りまいてきた。死を直感した董馬は、美緒に「死」を取り消すように働きかけようとした。そんな素振りを敏感に察知した美緒が、言った。
「私を抱いて。そうしたら私は家に帰ります。死にはしない」

むちゃくちゃな理屈だと思った。董馬は、ひょっとすると有名な美人局かもしれないと思った。しかし、美緒の佇まいからは、美人局のような素振りは一向に見えなかった。

美緒は言った。ベッドの上だった。
「私は、どうしようもない人間なんです。言い寄ってくる大人たちは皆、私のことをオモチャのように扱う…玩具なんです」

部屋中に敷き詰められた絨毯からは、踏みつぶされた煙草の匂いが漂った。それは男と女の性戯からにじみ出た淫蕩の匂いだった。
「でも、オジサン…あなたは違った。私を人として見てくれる。だからオジサンに駅で叱られたときに、私は泣いたんです。あれは嬉しかったんです。あぁ…やっと真っ当な大人が出て来てくれた、と…そう思いました」

「でも、死のうとしている…なぜだ」
董馬は聞いた。いつに間にか、美緒が董馬にすがりついていた。美緒の身体からは「少女」と「花」と…そして「死」の匂いがまとわりついていた。董馬は、頭がしびれてきた。

董馬は、美緒を抱いていた。
これで、少女の命が助かるなら、と。
馬鹿な真似をしてしまった、と気付いたのは後になってからだ。

 

 

口元に流れてきた雨粒を、董馬は舐め、そして飲み込んだ。雨は草の匂いがした。
「君は…」
董馬は言った。
「君は間違っている。死を…死を…自分を励ます道具に使ってはいけない」

 

(第77話へ続く)

★二つのブログランキングに参加してます。続きが気になる方、応援してくれる方はクリックしてくれたら嬉しいです。
↓↓↓↓
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

恋愛小説 ブログランキングへ

★日常を綴った散文ブログ。ほぼ日刊。
いくじなし。

« 第75話:【美緒と董馬】~その15 | トップページ | 第77話:【美緒と董馬】~その17 »

赤星美緒」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第76話:【美緒と董馬】~その16:

« 第75話:【美緒と董馬】~その15 | トップページ | 第77話:【美緒と董馬】~その17 »