« 【ひり恋】~X'mas special love story | トップページ | 第70話:【美緒と董馬】~その10 »

2014年1月 7日 (火)

第69話:【美緒と董馬】~その9

★第68話はコチラ

あの日、董馬の心に去来したものは一体何だったのだろう。
それは大きな偽善であったかもしれないし、未知なるものに遭遇したときに感じる恐怖心。その感情を上回る好奇心。

通常の真っ当な人間であれば、よもや自分の平坦な日常に降りかかった雪や雨をどうするか。きっと拭き取るであろう。きっと振り払うであろう。きっと傘をさすであろう。

あの日の董馬と美緒の頭上には雨は落ちてこなかった。朝から降り続いていた雨は昼過ぎには完全にあがり、雲間の光に照らされた下界の街は生命の息吹を吹き返したように活き活きと動き始めていた。

電車は定刻通りに運行し、往来には人と車があふれ、人々の嬌声が、鬱憤が、威勢が、宙を飛びまわる蝿のように辺りを行き来した。

董馬と美緒は傘を持っていた。二人でひとつしかない傘だった。陽が射した街では、二人は傘を使わなかった。必要なものと不必要なものが混沌と詰められたカバンを背負って歩くこと、それが人間の日常だ。董馬は傘をゴミ箱に捨てた。

そのときの董馬は何かに取り憑かれたかのようにまどろみ、ただただ寄り添うように歩く美緒の手を握っていた。

傘を捨てた董馬を見て、美緒は何も言わなかった。ただ、その行為が当然正しいものだと、董馬よ、あなたは間違っていないよ、それは不要なものだよ、あなたが正しい、あなたは間違っていない、と心から訴えかけているような視線を送り続けていた。東京の街に落陽の刻が近付いていた。

二人は電車に乗り、地下鉄に乗り換え、浅草の街にたどり着いた。仲見世通りを歩き、浅草寺を横手に見ながら、花やしき遊園地へ向かった。既に夕陽の兆しが見え始めていた浅草の街からは夕餉の匂いも立ちこめ、路上ではコップ酒をあおる男どもがふらついていた。カメラを抱えた観光客と、近所の住人だろうか、平常の装いをした人たちが入り混じり、街全体が血気盛んな混血児のように躍動していた。

花やしきに二人が到着した頃、ちょうど閉園の時間を迎えていた。董馬と美緒は予想以上に到着が遅かったことを今さらながらに知った。だが、二人とも言葉を発しなかった。残念がる様子もなく、憤慨する気も起きなかった。ただただ、今目の前に突きつけられた「閉園」という現実が、真綿に染みこむ染料のように二人の思考に、すぅと染み入ってきた。

美緒と董馬は、何も言わずにその場を立ち去った。お互いが離ればなれになることを防ぐために仕方なく繋いだような両者の手も、今はそこにあることが不思議と当たり前のように思えていた。董馬は美緒の手の感触を覚えた。美緒もまた董馬の大きな手の温もりを感じた。手汗が二人の皮膚の表面を濡らした。指先を通じて、両者の血管がひとつに繋がっているような錯覚を覚えた。

街に汗臭い夜が降りてきた。星は見えなかった。ここは東京だった。
董馬の携帯電話に着信がいくつも届いていた。それは10分起きに本体を振るわせていた。やがて着信は途絶えた。携帯電話のバッテリーが切れていた。

携帯電話は董馬のバッグの中でうごめいていた。携帯電話は発光もなかった。音もなかった。美緒がいたずら心で設定を変え、それらを消していたのだ。

都会では、たくさんのものを失う。
それは冷静さだった。
それは親愛だった。
それは理性だった。

都会では、たくさんのものに魅入られる。
それはだった。
それはだった。
それは少女だった。

 

その日、董馬と美緒は、ベッドの上で、何かに取り憑かれたようにお互いの身体を貪り合った。空では星が泣いていた。夜が更けていった。

(第70話へ続く)

★二つのブログランキングに参加してます。続きが気になる方、応援してくれる方はクリックしてくれたら嬉しいです。
↓↓↓↓
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

恋愛小説 ブログランキングへ
 

★日常を綴った散文ブログ。ほぼ日刊。
いくじなし。

« 【ひり恋】~X'mas special love story | トップページ | 第70話:【美緒と董馬】~その10 »

赤星美緒」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第69話:【美緒と董馬】~その9:

« 【ひり恋】~X'mas special love story | トップページ | 第70話:【美緒と董馬】~その10 »