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2013年10月 3日 (木)

第59話:【史佳】~その19

★第58話はコチラ

「電話?」
「え?」
「今。動きが止まっているから」
「あぁ、えっとメールがナイスタイミングで」
董馬はハハハと声を出した。不器用な笑いだった。苦笑しながらケータイの画面に指を滑らせていた。その表情にふっと暗いものが射し込んだように史佳には見えた。
「先生、はやく撮ってください」
沙絵が董馬を急かす。沙絵と史佳は、さっきからケーキの前で小さなフォークを握りしめたまま、空いてる方の手でピースサインをつくり、柔和な笑顔を浮かべていた。
「せんせー、おっそーい」
史佳は戯ける。
「タメ口なんだ! 史佳ちゃんって!」沙絵が息を飲む。
「そういえば…うん。そうだね。あ! ヤバい! 本当だ!」
いつの間にか、董馬に対する言葉遣いが敬語ではなく、タメ口をきいていることに史佳は今さらながらに気付いた。途端におかしくなった。隣で沙絵が「へー」「ほー」と鳥の鳴き声を真似たような声をあげて、しきりに感心をしていた。その様子を見て史佳は、自分でも気付かぬうちに友達感覚で董馬と向き合っている自分がいたことに素直に驚き、また沙絵が、董馬に対しては他人行儀な言動で接していることを再認識した。その差異が妙に楽しかった。心が弾んだ。考えてみれば何でもないことなのに、沙絵が知らない世界をずんずんと歩いているような気になった。

「じゃあ、今度から私もタメ口にしようかな」
そう言った沙絵の横顔から嫉妬じみた相貌が現れたのを、史佳は見逃さなかった。そして単純で純粋な沙絵の行動が、とても可愛く思えた。

沙絵は、自分は董馬とは付き合っていない、つまり恋人同士ではないと主張していた。だけど史佳は、その話を聞いたときに、それはそうかもしれないけど、あくまで体裁の話、形だけの括りではないかと推理していた。
ただの師弟関係、昔の教師と教え子の関係だけで、ここまで親密にいられるものだろうか。もし自分だったらどうだろう。たとえば中学のときに担任だった教師と、休みのたびに会ったり、一緒に東京までボランティア活動に出掛けたりするだろうか。もしその教師が、自分にとって恋愛の対象ならば可能性としてはあるかもしれないが。

沙絵は、董馬の、いや柊木先生のことが好き。きっと好き。いや絶対に好きだ。断定できる、と史佳は思った。
じゃあ、付き合っちゃえばいいのに。どうして二人は付き合わないんだろう。

ひょっとして董馬が、沙絵のことを恋愛対象として見ていないのではないか。だとしたら、沙絵は独りよがりの片想いを続けていることになる。それって沙絵は承知しているのかな、と史佳はケーキを美味しそうに頬張る沙絵の横顔を見て、ひとり思案した。

史佳は、ケーキを食べながら、時折沙絵が話す内容に適当に「へぇ」とか「ほぉ」などと相槌を打った。大好きなショートケーキだったが、味はほとんど分からなかった。
董馬は、もたついた手つきで写真を一枚撮ると、あとは無関心といった様子で所在なげに視線を漂わせていた。ケータイはすでに董馬の傍らに置いてあるバッグの中に仕舞い込まれていた。

「あ…」
史佳は叫んだ。拍子に指先で挟んでいたフォークがつるりと滑った。テーブルとケーキが盛られている皿の境目に落下した。激しい音が鳴った。

 

 

 

分かった!! そのバッグの中…奥さんがいるからだ!

店内の視線が一気に董馬たちのテーブルに注がれた。店内にいる者のすべてが、時間が止まったように微動だにせずに、テーブルを叩いて立ち上がっている女子高生・綾野史佳を注視していた。

史佳は興奮し息を荒げた。
沙絵が何かをしゃべりかけているが、まったく耳に入ってこなかった。
見下ろした先に、董馬がいた。
董馬は無表情だった。
董馬の手はバッグの上に置かれていた。何か大事なものを守ろうしているかのように、力が満ちあふれている手だった。そして淋しい手だった。

 

(第60話へ続く)

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