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2013年10月17日 (木)

第61話:【美緒と董馬】~その1

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山手線の車内は濃密な空気が充満していた。淀んだ空気が車窓に映る灰色のビル群を霞ませた。車窓から眺望できる景色のすべてが統一された灰色だった。重苦しい雲から降り落ちてきた雨粒は、地表に芽を出している人や物を濡らし灰色に染めた。外気の塊から遊離された湿気が針の穴ほどのこまかい隙間から車内を巡り、吊革を鷲づかみにしている手のひらや、ネクタイが締め付ける首筋にまとわりついた。

新宿駅から乗車したが、運悪く満員車輌にぶち当たった。何も山手線に乗車しなくても、他の路線を使えばよかったのだ、と気付いたのは、乗車してポマードの匂いが鼻先に突き刺さったときだった。董馬は、開会式で選手宣誓をするスポーツ選手のように行儀良く片手を挙げていた。電車に乗ったときから変わることのない姿勢だった。姿勢を変えようとしてもそれは難儀なことだった。董馬の周囲には有無を言わせない人の壁が出来上がっていた。

この車内にいる乗客の中に、自分と同じ地方生まれ、地方育ちの人間は何人いるのだろう、と董馬はふと考えた。座席を埋めているスーツを着込んだ男たち。自分よりあきらかに若い男もいれば、頭頂部が禿げ上がった男や白髪交じりの年輩者らしき風貌の男もいた。
それぞれがそれぞれの土地で生まれ、そして育ち、今こうしてひとつの箱の中に収まって、息を殺して一心同体とも言える統率性で、その身を電車に預けている。誰しもが、自分がこの世に生を受けたときには、いや、ほんの数時間前までは、よもやここにいる人たちと運命を共にするとは思ってもいなかったはずだ。人間の運命とは、生まれついて備えられている臓器のようなものなのか、それとも生きてゆく過程でランダムに振り分けられるカードのようなものなのか、それは分からない。でも、今日この日に、この場所に集まったことには何かしらの意味がある、そう思わないと説明がつかないこともあとになって出現してくるのではないか。

董馬は目を閉じ、揺れと多数の息遣いに身を任せた。不思議なもので、最初は満員の電車に押し込められ、見も知らぬ他人と身体と身体、呼吸と呼吸を触れ合うことで、全身の毛穴を塞がれるような息苦しさと嫌悪感がにじみ出てきたが、だんだんと慣れてきてしまう。身体が拒絶反応を起こそうと思っても、理性が抑えつけようとする。昨日から関東地方が梅雨入りしていた。董馬は、ビジネスホテルで身支度をしている最中に点けていたテレビのニュースで、それを知った。
電車が高架の上を通過した。董馬は眼下の街を見下ろした。アスファルトが濡れているのが分かった。傘をさした人たちが歩道を行き来していた。傘は持って来なかった。もし途中で降り出したら、目についたコンビニで買えばいいや、と思っていたが、有楽町駅に着いたらすぐにキオスクで買おうと思い直し、董馬はふたたび目を閉じた。

電車が揺れた。ガタンという擬音語を頭に拡がる。他人の体重が体側にのし掛かる。腹に力を入れて踏ん張った。膝から下で倒れないようにバランスを保つ。下ろしている腕にひんやりとした違和感が走った。肘のあたりに別の力が加わっていた。体重とはちがう圧迫感だった。それは人の手だと、自分の肘が誰かに掴まれていると直感的に分かった。

董馬は、人垣の隙間から息を止めたまま視線を下げた。自分の腕に人肌がまとわりついていた。灰色の車内とは不釣り合いな真っ白な肌だった。それは指先だった。ほそい指だった。指先からほそくて白い線が延びていた。腕だった。腕の先に顔があった。髪が垂れていた。虚ろな瞳をしていた。董馬は目眩がした。少女だった。少女は笑った。妖艶な笑みだった。

この日、柊木董馬赤星美緒は初めて出会った。
董馬33歳。美緒17歳。蒸し暑い梅雨の初日だった。

 

(第62話へ続く)

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