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2013年9月 2日 (月)

第53話:【史佳】~その13

★第52話はコチラ

今日から三日間の日程で中間テストが始まる。ゴールデンウィーク明けに、息抜きする暇もなく、巷で言う五月病とやらに罹る暇もなく、テスト期間を滑り込ませてきた学校の方針は、相当に腹が据わっている。きっと多くの生徒から反対の声や、ブーイングの声が挙がっているかもしれない。いくらなんでも、休みが終わって翌日に、いきなりテストはないだろう。まったく酷い学校だ、と史佳は思った。

「ふみか、おはよう!」
「おはよう」
「どう? 勉強した?」
「ううん、一夜漬けで何とかしようと思って、いざ机に向かったら、結局12時には、寝ちゃった」
「それって、いつも寝る時間と同じじゃない?」愛実が笑う。その微笑みに惑いは見えない。あ、愛実はしっかり勉強をしてきたんだな、と史佳は思った。
「そうそう、いつもと一緒。早くに起きて勉強しようと思ったけど…」
「結局、起きれなかったんでしょ?」
「ビンゴ」
愛実がクスクスと小鳥がさえずるような笑い声を漏らした。風が吹いた。ちょっと強めの風だった。史佳は、咄嗟にスカートを押さえた。愛実もスカートを押さえる。さらさらとした愛実の長髪が横へなびいた。冬空に舞う粉雪のような軽やかさが愛実にはあった。それは自分にはない愛実特有の美しさだと史佳は認識していた。

御殿場駅で待ち合わせした、史佳と愛実は並んで改札を抜け、いつもの電車に乗った。二人が通う高校は沼津市に在する。片道約30分の電車通学だった。
電車に乗り込むと、微風な冷房が効いていた。まだ五月だ。そんなに暑気を感じるほどでもないが、なぜか今日は冷風を浴びたい気分だった。車内には長椅子に座って、英語の参考書を開いて必死に勉強をしている男子生徒がいた。史佳と同じ高校の制服を着ていた。見知った顔ではないが、開襟シャツが古びていない様子から察すると、おそらく自分と同じ、一年生だろうと、史佳は判断した。

それにしても、自分のことを棚に上げてしまうが、すごい集中力だなぁと、史佳は、熱心に勉強をしている男子生徒を見て思った。勉強って、自分の不安な心を埋めるためにやる部分もあるのではないか。向上心が勉学の心を発芽させるのではなく「このままじゃヤバい」という、己の心の奥底から噴出してくる不安という名の新芽。その新芽を綺麗に、うまく摘み取るために、人は勉強をする。謂わば、勉強とは、不安な心を刈り取る収穫動作のようなものなのかもしれない。

「席、空いてるよ」
「いいよ、アタシ座らないから」
「また立ってるの?」
「うん、愛実は座っていいよ。アタシは隣に立っておくから」
そう言って、史佳は開閉ドアのそばを陣取り、壁に背をつけた。平面の感触が背中の肉感に接着し、史佳は電車との一体感を覚えた。

「じゃあ、アタシも立ってよっと」
愛実が、史佳の横に並んで立った。ドアが閉まり、空いてる席は、あとから駆け込んだ乗客が、さも当然のように座った。
アナウンスと同時に、電車が動き出した。定期的な振動が身体に伝わる。車窓の景色が左から右へ流れてゆく。史佳は、ドアにはめ込まれた車窓から、外を眺めた。

「あ、見えた」
「ん?」
「あぁ、いや。今日は綺麗に見えるなって思って」
「富士山?」
「うん」史佳はうなずく。

いつも通学のときに車窓から見える富士山。史佳は、この光景が好きだった。目前の景色は猛スピードで移り変わってゆくのに、遙か遠くにそびえる富士山は、微動だにせず、そこに当然あるものだという姿でそびえている。広大な大地にひとつだけ突出した、その姿に、史佳はいつも憧れと畏敬の念を抱いていた。

そこに当然の如くある、という絶対的な安心感。

そんな富士のような安心感があれば、きっと人は微細な不安に嘖まれることなく、のびのびと生きていくのではないか。
史佳は、死んだ兄のことを思い出した。自殺だった。不安が人の心を狂わしてしまうと、兄の死を通じて実感した。これが本当の勉強ではないのか、と史佳は思う。

「ふみか」
「ん?」
「昨日、ひょっとして山下先輩と会った?」
史佳は驚いた。愛実どころか、他の誰にも、木下先輩と会うことは教えていない。史佳は正直に話すことにした。
「うん。実はその前の夜に、先輩からメールが届いて、放課後に会ってくれって呼び出されたんだ。だから会ってきた」
「どうして、先輩のアドレスを知ってるの?」
「アタシは知らないよ。登録していないアドレスからメールが届いて、それが山下先輩だった。本文に『三年C組の山下です』って書いていたから」
「そう」
「でも、今にして思えば、どうしてアタシのアドレスなんて知ってたんだろう?」
「ふみか、先輩と面識あったの?」
「ないよ。だからビックリした」
「ふぅん」
愛実は、少し考え込むような表情を見せた。

「私ね、連休前に先輩に呼び出されたの」
「え!」と史佳は叫んだ。思わず周囲を乗客を気にする。誰も史佳に関心を寄せていないようで安心する。
「何の用事だったの? 愛実に」
「告白されたんだ」
「誰が?」
「私が」
「誰に?」
「先輩に」
「え!」
「これ本当の話」
「…んで、何? 付き合ってくれ、みたいな話になったの?」
「うん」愛実がうなずく。
「ええーーー!!」
史佳は仰け反り、大声を張り上げた。
「んで…なんて返事をしたの? 愛実は…」
「付き合う」
「へ?」
「付き合うことになった」
「誰と?」
「だから、山下先輩と」

愛実が、ニコリと微笑んで小首をかしげた。
史佳は、ギャー! と悲鳴を上げて、車内を走り出していた。

 

(第54話へ続く)

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