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2013年5月27日 (月)

第30話:【史佳】~その10

★第29話はコチラ

史佳は赤いスニーカーを履いていた。思えば、このスニーカーも、アウトレットのバーゲンで購入した品物だったことを思い出した。転がってきた物体を、史佳は訝しげな目で睨んだ。そして、その骨董めいた物体にひどく懐かしい感情が揺り動かされた。

次の瞬間、史佳は、この物体がどういった物であるか、どんな類の用途品であるか、さめざめと思い出した。血の気がすーっと引いた。

史佳は、さして慌てる様子もなく「すみません」と頭を垂れる男を見据えた。男は微笑を浮かべるでもなく、辛そうな顔をしてるわけでもなかった。男の顔に表情はなかった。史佳の足元に手を差し伸べた姿が、石膏作りの彫刻のようだった。

「待って」
史佳は言った。途端に男の動きがピタリと止まった。男は、史佳を注視した。

「アタシが拾います」
史佳は、腰をかがめた。手で触った。つるつるの肌触りだった。ひんやりとしていた。

持ち上げた。想像してたよりも重かった。この重量感が、史佳の心を軋ませた。血がざわめいた。

 

「これ骨壺ですよね」

史佳がそう言うと、男は少しだけ逡巡した表情を見せたが、すぐに平坦な表情に戻ると、
「えぇ、そうです」
と言った。

ゆっくりとした声だった。落ち着いた物腰だった。史佳は、法要の読経が終わったあとに、お坊さんが、親族たちに説法をしていたときの優しい声色を思い出した。

史佳は、曲げた膝を伸ばすと、悠然と立ち上がった。黒褐色の艶を放つ骨壺を両手でしっかりと掴んでいる。男は無言のまま、ベンチに座っている。骨壺を拾おうと伸ばしていた手はもう引っ込めている。

「懐かしいな」
「え…」
「アタシ、兄がいたんです」
骨壺を握る手が汗ばんだ。表面には史佳の顔が映り込んでいた。

「去年、死んだんです。お兄ちゃん」
「あぁ…」
男は、うなずいた。

自殺だったんです。アタシの15歳の誕生日を祝った翌日でした」

 

「朝早くに、警察から電話がありました。まだ夜が明ける前でした。兄らしき人が首を吊って死んでるって…警察は淡々と言いました。あ、これはお母さんが電話に出たので、お母さんの言ってた話です。私は、うろたえるお母さんの隣で呆然としてました」

「急いで、お母さんと身元確認に行きました。発見してくれた人はたくさんいました。本当にたくさんです。第一発見者が、たくさんいたんです。数え切れないくらい。どうしてか分かります?」

「いや」
男はゆっくりとかぶりを振った。


「兄は、歩道橋で首を吊って死んでたんです。ちょうど歩道橋の真ん中あたりでした。車を運転してた人たちが、歩道橋からぶら下がってる兄を見て、警察に通報したんです」

「車は何台も通りました。だから発見者はたくさんいました。ある意味、お祭り騒ぎでした。そのお祭りの中心にいたのが兄だったんです」

史佳は静かに微笑んだ。なぜ微笑んだのかは自分でも分からなかった。手にした骨壺を軽く揺すった。サラサラと音が流れた。しかし、それは史佳の心で響いた音だった。

「アタシ、すぐにこれが骨壺だって気付きました。久しぶりに見たけど、わりと簡単に思い出せますね。自分でも不思議です」

史佳は、男に骨壺を手渡した。男は、静かに受け取った。そして言った。

死んでいった者たちの代わりに、生き残った僕たちができることって何だろう?

史佳は、静かに目を閉じた。心に灯がともった。その灯が暗闇を照らした。暗闇の中に赤い花が咲いていた。死んだ兄が花を見つめていた。兄は物憂げな瞳をしていた。

史佳は目を開けた。
「アタシはまだ未熟です。だから、自分ができるとこはまだ分かりません」

男は微笑んだ。初めて見せた笑顔だった。
「奇遇だね。僕もまだ分からない。今、一生懸命に探してるところだ」

無意識だった。史佳の心の灯が揺れた。
「アタシたち、また会えますかね?」

男は言った。
「あぁ、きっと会えるよ。君は…」

風が吹いた。史佳の前髪がなびいた。

「君は、いい子だ。とっても」

 

「ふみか」
愛実の声がした。いつの間にか史佳の隣に立っていた。電話は終わったらしい。
史佳は、男に一礼して「いこ、まなみ」と言って、愛実の手を握り、その場を後にした。

歩きすがら、愛実が「誰? 知り合いのオジサン?」と聞いてきた。
「ううん、知らない人。でも…」
「でも?」

「また会える気がする」
そう言って、史佳は微笑んだ。

(第31話へ続く)

 

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