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2013年4月 7日 (日)

プロローグ【董馬】

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それはいつものことだった。

董馬は海に来ていた。湘南の海だった。夏場の海水浴シーズンではないにしても、年中湘南の海面には人の姿があった。それは波待ちをしている熱心なサーファーであったり、帆風を呼び寄せて優雅に海面を蛇行するヨットであったり、天候の善し悪しに関わらず、一定の人の命が波間に輝いていた。

董馬は、朝早くから静岡の自宅を出て、国道を車で走り、まだ観光客が少ないうちに江ノ島の島内にある駐車場に車を停めて、そのまま徒歩でふらふらと海岸線をさまよっていた。
不思議と腹も減らなかった。この日は沖から吹く風もいくぶん穏やかで、母体が我が子にそそぐ慈愛のような熱を持って、歩く董馬の頬を撫でた。わずかに含んだ湿気と潮の香りが、自分が海に来ていることを自覚させた。

日中は、砂浜をふらふらと歩き、一間を置いては腰を下ろし、あてもなく海を眺めた。波の音以外は無音だった。鳥が鳴いていた。董馬は砂浜で何時間も過ごした。彼はひとりだった。

やがて日が落ちてきた。西の空に沈み始めた太陽は、雲海をものともせずに水平線へ引き込まれていく。董馬はコンクリートの突堤の上に駆け上がり、海と空を同じフィルムに収めた。

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きれいだった。赤に染まった海面が、董馬の心を躍動させた。黒に湿った砂浜が不思議と心を落ち着かせた。躍動と沈静が交互に董馬の心に訪れた。

彼はひとりだった。
どうしようもなくひとりだった。
そして、それはいつものことだった。

董馬は決めていた。相談する相手はいつも海なんだ、と。

『とうま』

妻の声が風に乗って届いた。でも、その声はそら言だと分かっている。妻はもうこの世にいないのだ。
董馬は泣いた。

柊木董馬。35歳の春のことであった。

(第1話へ続く)

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